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労働判例を読む#413

今日の労働判例
【国・大阪中央労基署長(大器キャリアキャスティング・東洋石油販売)事件】大阪地判R3.12.13労判1265.47

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、2社の雇い主K1とK2の下で働いていたXが、長時間勤務などを理由に労災認定されましたが、労基署Yは、XのK1での勤務だけを原因として金額を算定したため、K2での勤務時間や給与も含めて算定すべきであるとして、労災保険金の追加支払いを求めた事案です。
 裁判所はXの請求を否定しました。
 なお、XはK1に対しても、民事の損害賠償などを請求し、訴訟を提起しています。そこでは、長時間勤務などを理由としたメンタルについても、損害賠償などを請求していますが、そこでの裁判所は、(本判決が長時間勤務と適応障害の間の「因果関係」を認めたのに対し)K1は「過失」がない、としてXの請求を否定しています。本判決では行政労災を認め、そこでの判決は民事労災を否定していますから、結論が逆になっていますが、そこでの判決は「因果関係」ではなく「過失」を問題にしているため、理論的な矛盾は回避されています。
 そこでの裁判所の認定した事実を見ると、Xの仕事の密度が極めて小さく、もしかしたら「因果関係」も認められないのではないか、と疑われてきますが、ここではその点を検討しません。
 ここでは、「因果関係」が認められることを前提に、K1だけでなくK2での勤務時間も労災保険の保険金額算定の基礎に含めるべきかどうか、という点を検討します。

1.K2での勤務時間を加算することの可否
 Xは、K2での勤務時間や給与も含めるように主張しましたが、裁判所はこれを否定しました。
 その理由は、少し抽象的ですが、労災保険の趣旨に遡り、原理原則から説くものです。
 すなわち、労災保険は、労基法上の災害補償責任を前提にする、労基法上の災害補償責任は、従業員を支配下に置く使用者に責任を負わせるものだが、その責任は「業務に内在する危険が現在化」した場合に発生する(危険責任、無過失責任)、したがって、労災保険も業務に内在する危険が現在化した部分についてだけ発生する、という理論が前提となります。
 そのうえで、本事案では、K1での勤務時間が極めて長時間であって、K1での業務に内在する危険が顕在化した(因果関係・業務起因性がある)と言えるものの、K2での業務はわずか数時間であり、その他の業務上のストレスなどもなく、K2での業務に内在する危険が顕在化したとは言えない、としたのです。

2.実務上のポイント
 さらに、改正法(複数事業所での業務が原因となる労災を認めた)が適用されないとしつつ(改正前の事案だから)、仮に改正法が適用されても、K2での勤務時間や給与は含まれない、と判断しました。
 それは、改正法で追加されたルールの解釈に関わる理由です。
 すなわち、追加されたルールは、各事業所での労災が認定できない場合に、複数事業所の業務を総合して判断する(その結果、単独では認められない因果関係が認められれば、複数事業所での労災を認める)、とするものです。ところが本事案は、K1だけで労災が認められてしまうので、この新ルールが適用されない、としました。
 このような解釈だと、K1単独で十分労災が認定されるような、すなわちK1での環境が劣悪な場合の方が、K1とK2いずれも劣悪とは言えない場合(そして、合わせれば劣悪となる場合)よりも、保険金の給付額が小さくなってしまう(K1の給与だけしか参照されないから)のですが、そのような結論が合理的かどうか、議論の余地がありそうです。
 追加されたルールに関する判断は、本来、本事案の解決に必要のない傍論ですので、先例としての価値は非常に小さいですが、少なくとも、追加されたルールについての解釈上の問題点が示されたと評価することはできるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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