労働判例を読む#211

【国・敦賀労基署長(三和不動産)事件】福井地裁R2.2.12判決(労判1224.57)
(2020.12.24初掲載)

 この事案は、不動産会社Yに営業職として入社したところ、Yの経営する「浜茶屋」(海水浴場の複合店舗)の副店長に異動させられたAが自殺したため、その母Xが労災を申請したところ、労基署が労災認定しなかった事案です。

 裁判所は、労基署の認定を取り消し、労災を認めました。

1.判断枠組み(ルール)

 労災の認定のために、厚労省は、労災のうちのいくつかの類型について、認定基準を示しており、パンフレットなどの形で公開され、誰でも簡単に見られる状態になっています。この事案では、「精神障害の労災認定」が問題になりました。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120427.pdf

 この認定基準は、本来は行政上の判断基準にすぎず、当然に裁判上の規範になりませんが、医学的に合理性が高く、裁判上も基本的にこの認定基準に従って判断する、というルールが既に定着していますが、この判決も、この認定基準に従って判断しています。

 その中でも特に今回問題になったのは、長時間労働と、業務上のストレスの両方を組み合わせた類型です。上記パンフレットであれば、4頁の③、5頁の「特別な出来事以外」「総合評価における共通事項」の2が問題になります。すなわち、月100時間を超える時間外労働と、「中」レベルの職場のストレスがあれば、「強」レベルの職場のストレスと評価されますので、それによって業務起因性が原則として認められるようになるのです。

2.あてはめ(事実)

 労基署が、因果関係を否定した事情も理解できます。

 それは、Aが、浜茶屋で長年勤務していた経験があり、正式にYに入社した後に浜茶屋に異動しても大きな変化があったとは言えないこと、Aは、アルコール依存症と認定されなかったものの、日頃から飲酒が多く、飲酒による遅刻や欠勤を理由に仕事を辞めたり、飲酒運転によって免許停止処分を受けたり、浜茶屋でも飲酒による遅刻や、アルコールが抜けない状態での出社があったりしたこと、Aが自覚しているようにAは仕事の要領が悪く、仕事に時間がかかっていたこと、などが認定されているからです。

 つまり、業務上のストレスはそこまで大きくなく、むしろ個体側要因が大きい、と見ることも可能なのです。

 けれども、裁判所は、月100時間を超える残業がある状況で、様々なストレス要因となる出来事が積み重なっていた点を総合的に判断しています。出来事をバラバラに見るのではなく総合的に見て、しかも残業時間が多いことを見て、ストレスを解消したり健康を回復したりする機会も限られていて、蓄積していたと評価したのでしょうか。アルコールの摂取も、個体側要因としてX本人を責めるべき要因ではなく、(決して好ましいものではないものの)仕事のストレスを発散させる側面を重視し、また、明確なアルコール依存症でもないことから、労基署ほど重く評価しなかったのではないでしょうか。

3.実務上のポイント

 エピソードごとに別々に評価するとストレスは小さくなるが、一連の行為として見て、追い詰められた心理的状況も含めて総合判断すれば、ストレスが蓄積して大きくなる、という判断の違いは、労災や安全配慮義務に関しよく見かける傾向です。この事案では、前者の、1つひとつのエピソードを個別に見るのが労基の見方、後者の、総合的に見るのが裁判所の見方、と整理することができます。

 だからと言って、この事案で因果関係を認定した裁判所の判断については、総合的に見たとしてもXにそれほど業務上のストレスが蓄積していたのか、アルコールの影響をそこまで小さく評価していいのか、などの疑問がありますが、行政官である労働基準監督官が、個別のエピソードだけでなく、それらの総合判断を苦手とするのは、これまでの裁判例からも明らかですので、実務上、労基署の個別判断が訴訟で覆される可能性の高いことが、この裁判例から感じ取ることができます。

 さらに、この事案では「適応障害」に関し、医学的な意見書がこの認定に対して否定的なのに、認定要件について1つずつあてはめを行うことで、「適応障害」を認定しています。

 この点も、果たして「適応障害」を認定してよかったのか、疑問の余地が残されますが、医学的な判断基準と法的な判断基準は異なり、科学的に厳格に因果関係が証明されなくても、法的・社会常識的に因果関係が認められば足りる、という観点から判断することについて、行政官にとっては容易でなく、裁判官にとっては不可能ではない、という違いが表れているように思われます。

 医学的な認定、因果関係の認定の両方に関し、行政官の評価よりも柔軟な判断がされる可能性が高い、ということが(その具体的な判断の良し悪しはともかく)改めて確認された事案、と評価できるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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