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労働判例を読む#154

「国・人事院(文科省職員)事件」東京地裁H30.3.16判決(労判1212.80)
(2020.5.14初掲載)

 この事案は、文部省から一時期大学教授として出向していたXが、復帰後に昇格差別を受けたと主張した事案です。裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.判断枠組み(ルール)

 裁判所は、原則的に、人事院は「広範な裁量権」を有しているため、判定が有効になるが、例外的に、①違法な手続きによって行われたり、②裁量権の範囲を逸脱・濫用したりした場合には、判定が無効になる、という判断枠組みを示しました。
 公務員の労働法では、公務員の採用・解雇(分限処分)・評価などについて、行政に広い裁量権が与えられているのが特徴です。

2.あてはめ(事実)

 論点は非常に多岐にわたりますが、勤務状況などを詳細に評価した上で人事考課の合理性を認定しているわけではありません。この点で、民間企業での昇格差別の場合よりも、事実に基づく認定が若干少ないようにも思われます。
 けれども、お上の言うことだから黙って受け入れろ、という言い方でもありません。出向先での勤務状況をそれなりに確認した上での判断であり、出向先であまり芳しくない評価が与えられたことや、研究活動に取り組みたいというXの意向に沿った出向だったこと等が指摘されており、行政側もそれなりに配慮したという事実も認定されています。
 裁量権の濫用の立証責任がX側にある、という形式的な理由だけでない判断が示されています。

3.実務上のポイント

 ここでの「広範な裁量権」と違う場面では、民間企業での労働問題と同様の判断がされている領域があります。それは、安全配慮義務・健康配慮義務等に関する領域、具体的には、ハラスメント、メンタル、労災などです。公務員の健康状態への配慮は、かなり厳しく設定され、民間企業での訴訟と同様、相当詳細に検証されています。
 これに対し、「広範な裁量権」が問題になる場面では、例えば、解雇の場合、民間企業の場合には実質的に解雇の合理性を会社側が証明しなければダメですが、公務員の場合には、分限処分の裁量権濫用を公務員側が立証しなければなりません。実際、民間企業の場合にこの解雇は有効だろうか、疑問に感じる裁判例もあります。
 けれども、この事案の場合には、民間企業の場合でも有効と判断する可能性が高い事案のように思います。そのようなことも影響しているのでしょうが、行政側がどのような事情で判定したのか、という事情も考慮した判決となっており、少し民間企業での裁判に近寄っている感想を持ちました。
 労働市場が徐々に発展してきており、民間企業と行政機関との間での転職や人事交流も徐々に増えていますが、その際、このような制度的・運用上の違いが背景としてあることを、理解しておくことが大切です。

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※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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