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労働判例を読む#481

※ 司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例
【弁護士法人甲野法律事務所事件】(横浜地川崎支判R3.4.27労判1280.57)

 この事案は、法律事務所を経営する弁護士Xが、事務所を退所した若手弁護士Yに対し、その杜撰な仕事によって損害を被ったとして損害賠償を求めた(本訴)ところ、YがXに対し、労働契約に基づく賃金や残業代の支払い、未払いの事件報酬の支払い、パワハラによる損害賠償の支払いを求めた(反訴)事件です。

1.本訴(Yの杜撰な仕事)
 Xは、6つの事件に関し、Yの杜撰な仕事によって迷惑を受け、損害を被った、と主張しました。任された事件を放置したり、依頼者に無断で処理したり、というものです。
 裁判所は、Xの主張を裏付ける証拠がなかったり、Xの主張自体に合理性がなかったりする点を指摘し、6つ全ての事件について、請求を否定しました。Xとしては、Yに任せていた事件の対応の拙さを証明するのに、Y本人がいなくなった後では、資料や事件の経過などを十分再現できず、証拠探しも苦労したところでしょう。
 しかし、それだけYに事件処理を任せっきりにしていた、ということでもあるように思われます。法律事務所の運営として、若手弁護士に事件を任せる場合の管理の在り方について、考えさせられる点です。

2.労働契約の成否とパワハラの成否
 Yは、X(の経営する法律事務所)に雇われた実態は労働契約だったと主張し、これを前提に、賃金や残業代の未払分があると主張し、また、在職中にXから受けた数々の言動がハラスメントに該当すると主張しました。
 裁判所はこのうち、労働契約の成否については否定し、賃金や残業代の未払分の請求を否定しましたが、ハラスメントについては、労働契約がないにもかかわらず、成立を認め、損害賠償請求を肯定しました。
 法律事務所に勤務する、いわゆる「勤務弁護士」について、労働契約が成立するのかどうかについては、弁護士業界で昔から注目されている論点ですが、この判決は、一般論で結論を示すのではなく、実際のYの働いていた状況に基づいて判断しています。
 特に、事務所から支給される報酬が、年を追うごとに減っていき、3年目からはゼロになったことや、事務所から与えられた仕事についてXがその内容について何も指示をしていなかったこと、Yは弁護士として独立や転職が比較的容易であり、実際にXの下から出ていった弁護士も少なからずいたため、無報酬であっても不合理ではないこと、などが、労働契約ではないと評価する際のポイントのように思われます。
 これに対し、ハラスメントとの関係では、Yが、司法修習生として配属されたのがXであり、弁護士登録後まもなく、Xの事務所での業務に「事実上経済活動を(…)依拠していた」ことから、Xが「優越的な立場」にある、と評価されました。
 Yの置かれた状況に関し、労働契約関係が認められるような「指揮命令」関係はないものの、経営者であるXの「優越的な立場」はある、という中間的な評価がされたのです。
 そのうえで、ハラスメントに該当する具体的なエピソードとして、①暴行による身体的な攻撃・人格を否定する表現・長時間にわたる大声での威圧的な叱責が、頻回に繰り返されたこと、②人格を否定する呼称を含むメールを広く送ったこと、③(険悪な関係になった後だが)出退勤の報告や業務報告につき過大な要求をしたこと、④Yの交際相手に不必要に接触したりしたこと、の4つのエピソードについて、Yの主張を概ね認め(それ以外は否定しました)、Xの責任を認めました。
 ハラスメントの成立を否定する理由として、指導や教育のための必要性・相当性が認められる場合が、比較的増えてきているように感じますが、ここでの裁判所の判断は、必要性・相当性が認められる場合と認められない場合両方を含むものです。事案の評価にとって参考になります。

3.実務上のポイント
 険悪な関係になったことの影響は、事件報酬の支払がされなかった、という形でも表れています。
 ここで裁判所は、具体的に一つ一つの事件と報酬と配分方法を検討していません。
 その代わり、「民訴法248条の趣旨にも鑑み」、①かつてYは、事務所が1200万の報酬を受け取る事件も処理したことがあること、②実際に相当数の事務所事件を担当していたこと、③Yは1年目で年俸400万もあったこと、等を理由に、「控えめに推計しても300万円は下らない」と認定しました。
 民訴法248条が適用される、という表現ではなく、「趣旨にも鑑み」という表現である理由は分かりませんが、以下のような規定により、詳細な証拠や主張なしに、損害賠償が認められたのです。
(損害額の認定)
第二百四十八条 損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。
 今後、同じように詳細な立証なしに損害賠償請求が認められるのはどのような場合なのか、動向が注目されます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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