見出し画像

労働判例を読む#185

「国際自動車事件 その3」最高裁一小R2.3.30判決(労判1220.5, 15, 19)
(2020.9.10 初掲載)

 この事案は、タクシー会社Yの賃金制度の違法性が争われた3つの事件について、同日付で全く同じ判断を示した事案です。すなわち、Y賃金制度は、タクシー運転手の給与に関し、基本給などから構成される給与(基本給部分)と、歩合給から構成される給与(歩合給部分)の2本立てとなっています。ここで、残業などによって割増金が発生する場合、基本給部分の割増金と、歩合給部分の割増金が、残業などの時間数に応じて増額されますが、歩合給部分から2つの割増金の合計分だけ減額されます(マイナスの場合はゼロ)ので、「歩合給部分>割増金」である限り、いくら残業してもそれだけでは手取額が増えないことになります。
 最高裁は、Y賃金制度を、労基法37条に違反すると評価しました。3つの事件の2審は、全て労基法37条に違反しないと判断していましたので、これを全て覆したことになります。
 重要な問題が多く含まれているため、3回に分けて検討します。
 3回目の今回は、実務上のポイントを検討します。

12.実務上のポイント
 前回検討したように、この最高裁判決は、非常に問題の多い判決です。
 けれども、最高裁判決がルールを明確に示したのですから、実務上は、今回の最高裁判決が示したルールを受け入れなければなりません。
 そうすると、最も問題になるのは、基本給部分と歩合給部分があり、歩合給部分に割増金が含まれる、という給与制度が、どのような場合に有効になるのか、という問題でしょう。

① 判別可能性をより明確に打ち出す方法
 これを有効にする方法としては、1つ目に、最高裁が2審判決をわざわざ破棄したポイントに注目します。
 さまざまな考え方があり得ますが、たとえば、基本給部分と歩合給部分との峻別を、より徹底する方向性が考えられるでしょう。最高裁判決は、「判別可能性」を理由にY賃金制度を違法としたからです。そこで、モデルIをアレンジした次のモデルIIを例にしてみましょう。
 基本給部分が、100万円です。水揚げに基づいて計算される「対象額A」が、15万円です。基本給部分の割増金が10万円です。対象額Aの割増金が1万円です。その他の細かい数字は無視します。
 この場合、支払われる給与は、115万円です。割増金が11万円であり、15万円‐11万円が4万円となるため、歩合給部分が4万円となります。そのため、基本給部分100万円、割増金11万円の他に、加算されるものが4万円になります。
 さて、具体的な内容です。
 まずは、基本給部分100万円と、それに対する割増給10万円を、判別可能な状態で明確に定め、この支払を確約し、実践します。
 そのうえで、これに上乗せする部分を全く独立した制度とし、2つ目の給与として歩合給部分を設置し、これと明確に区別して計算し、支払われるルール、体制、プロセスを作ります。そこでは、歩合給の基本となる部分(ここでの「対象額A」15万円)の計算方法と、そこから控除される項目として、基本給部分の割増金10万円と、対象額Aの割増金1万円が含まれることを明確に示し、歩合給部分の計算方法を明示します。そのうえで、割増金1万円の計算方法も、判別可能な状態で明確に定めます。
 ポイントは、歩合給部分があくまでも「おまけ」であり、基本給と割増金の問題(判別可能性)は、前記基本給部分で全て完結しており、歩合給部分での割増金の控除は、あくまでも会社の裁量部分が大きく、従業員との合意で成立すべき部分の問題であることを、明確にするのです。これは、最高裁判決の問題点10c)について、最高裁判決の犯した間違いを是正し、「判別可能性」が本来適用されるべき場面に限定して適用されることを明確にする、という対応です。
 もちろん、最高裁判決が示した「判別可能性」の用法と異なりますので、違法と評価される可能性は否定できません。
 しかし、本稿で分析した重要なポイントは押さえられます。ポイントは、「判別可能性」ですが、これが問題になる領域を明確に限定して(基本給部分のみ)、しかもそこでの問題がない(計算式が明確な割増金を確実に支払う)、という状況を明確にしますから、相当の説得力があるはずです。

② 3か月に1回の賞与
 逆に、「おまけ」と支払われる部分が給与ではない、とすることで「判別可能性」の適用対象外にする方法が考えられます。
 それは、モデルIIでの4万円(おまけ)と1万円(対象額Aの割増金)の合計5万円について、労基37条5項、労基施行規則21条5号に定める「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」として支払うことにする方法で、例えば3か月ごとに支払うようにするのです。
 同様の発想で、賃金ではなく、この5万円を「賞与」にしてはどうか、という考えがあるかもしれませんが、毎月支払われるのに、「賃金」ではないと解釈することは、労基施行規則21条が、賃金に該当しない場合を示した限定列挙であると言われていることに照らしてみると、「賃金」と評価される可能性がありそうです。
 実際に給与を受け取る側からみると、毎月定期的に支払われる金額が小さくなるので、受け入れにくくなるのではないか、という点が難点です。

③ 歩合給算定方法の変更
 実際に受け取れる歩合給(モデルIIの、4万円+1万円=5万円)の計算過程で、基準額Aが示されることで「判別可能性」が問題になったのですから、基準額Aなどという計算過程を経ずに計算する方法に変更する方法です。
 具体的にどのような形になるのかは、いろいろと工夫の余地がありますが、基準額Aのように歩合給を計算してから、そこから控除する、という方法にするのではなく、基本給の割増金部分(モデルIIの、10万円)を超える貢献を、直接計算する、という方法にするのです。
 この方法には、最高裁判決の判断を潜脱するもの、と評価される可能性をどこまで減らせるのか、などがポイントになるでしょう。

④ 効率性指標の変更
 歩合給(基準額A)から割増金(10万円)を控除するのではなく、歩合給から、業務効率の悪さを示す指標に基づいて歩合給を変動させる、という方法です。具体的には、勤務時間だけでなく、走行距離、水揚げ、等の数値から等から計算される効率性指標を、歩合給にかけたり、歩合給から控除したりするイメージです。
 これは、この事案では、時間外勤務の時間で計算される割増金を一方で支払う、としつつ、同じく時間外勤務の時間に基づいて計算される金額を、効率性考慮という理由で歩合給から控除する、という構造を取っていることに注目する考え方です。つまり、支払われるべき金額と同じ計算式によって導き出される同じ金額が、歩合給から控除されることから、労基法37条の潜脱を疑われたのだから、効率性を考慮するのであれば、このような疑いを持たれない金額を考慮しよう、と考えるのです。
 計算方法の作り方によっては、結果的に、長時間残業すると収入が増える事態が生じてしまうかもしれませんので、長時間勤務を抑制する効果がその点で弱まるかもしれません。しかし、効率性指標の中で効率の悪い長時間勤務にマイナス効果のあることを示し、常にそれを徹底することで、長時間勤務を抑制することが期待できるでしょう。

⑤ 基本給制度の廃止
 すべて歩合給にしてしまったらどうでしょうか。
 たしかに、基本給部分と歩合給部分の両方を管理計算する手間が無くなりますので、給与管理が少し楽に、安全になるかもしれません。
 しかし、歩合給の場合でも割増金を支払う必要があり、だらだら働けば支払われる金額が増える、という状況は変わりません。残業抑止効果がありませんので、この方法は代替手段にならないでしょう。

⑥ 歩合給部分の廃止と固定残業代の導入
 この方法であれば、固定残業代の設定と運用が合理的である限り、新たな残業代の追加支払いが不要になります。
 けれども、タクシーの運転手に歩合給を導入していたのは、給与の金額がモチベーションになるからであって、自分で仕事のクオリティーを維持しろ、というのではモチベーションが維持できないと思われます。

⑦ 残業管理の運用方法の見直し
 ここまでは、タクシー運転手が比較的自由に残業できる状況が前提でした。この前提で、残業を抑制するために残業しても従業員が受け取る金額が増えないようにするための方法を検討しました。
 しかし、そもそも自由に残業できる、という前提に問題があります。
 というのも、残業は、従業員が残業したいから残業する、という従業員の権利ではなく、会社が残業を命ずるから残業する、という会社の人事権の問題です。
 つまり、実際の運用上、従業員が勝手に残業しつつ、残業したのだから残業代を払え、という実態が定着していれば、どんなに残業代のルールを整備しても、意味がありません。会社が命じた場合しか残業できない、という運用を徹底し、確立することが必要です。制度設計に頼るだけでなく、しっかりと運用する、という会社の(さらに、これを実行する管理職者の)強い意識と、ブレずにこれを実践し続ける、という運用や経験がなければ、残業代をコントロールすることは不可能です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?