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労働判例を読む#354

今日の労働判例
【丙川商店事件】(京都地判R3.8.6労判1252.33)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、メンタル問題により休職していた従業員Xらが、①休職期間満了を理由とする退職、②解雇、を理由に会社Yが労働契約の終了を主張した事案で、Xらは労働契約が存続していることの確認などを求めました。裁判所は、Xらの主張を概ね認めました。

1.休職期間満了を理由とする退職
 多くの会社で、傷病休職期間には上限が設定されており、所定の条件下でその上限を超えて復職できない場合には退職(労働契約の終了)となります。
 問題は、Yの傷病休職期間の上限に関する規定の文言が、一般的には「業務外の疾病」等となっているべきところ、「業務上の疾病」となっていた点です。業務上の疾病の場合には解雇が制限される(労基法19条1項)ことから、これが休職期間満了を理由とする退職の場合にも適用されるのかどうか、という問題が生じます(例えば、「エターナルキャストほか事件」東京地判H29.3.13労判1189.129労働判例読本135頁は、休職期間満了による退職の場合に、労基法19条1項を類推適用し、これを無効としました。)。もしYの就業規則にも労基法19条1項が類推適用されるのであれば、この「業務上の疾病」に関する退職の規定自体が無効とされる可能性もあったはずです。
 もっとも、裁判所はこの規定の有効性自体の検討を回避していますので、どのように評価されるのかは分かりません。本事案でのXらのメンタル問題は、業務起因性がない(仕事のストレスが原因とは言えない)と評価されているため、「業務上の疾病」とは言い難く、この規定の適用は考えにくいところです。適用されない規定について有効か無効かを検討することは、紛争解決に関係ないことであり、裁判所が規定自体の有効性を検討しなかったこと自体は、一定の合理性があります。
 けれども、裁判所はこの規定自体の有効性を問題にする代わりに、この規定のXらへの適用を否定する、という方法で①を無効としました。
 少し込み入っているので説明すると、XYいずれもこの文言は「業務外の疾病」であるべきで、いわゆる誤記である、という評価で一致していました。
 けれども裁判所は、この文言を「業務外の疾病」と読み替えることを否定しました。労働者の身分の喪失に関わる解釈(もし業務外の疾病と読み替えてしまうと、Xらがこれに該当してしまうので、休職期間までに復職できなければ退職となってしまう)は、労働者保護のためにその権利関係を明確にすべき就業規則の解釈として採用できない、というのが理由です。規則の解釈の在り方については、例えば「作成者の不利益に」、というルールが適用される場合があります(曖昧な表現を採用した作成者の側に責任がある、という発想)が、ここでは「労働者の利益に」、という価値判断が示されたのです。しかも、YだけでなくXらも、「業務外の疾病」と読み替えることに異論のなかったところで、裁判所がこれを否定したのですから、Xらの意向に反してでもXらをYよりも保護する結果となりました。
 会社と従業員の関係を規律する重要なルールである就業規則に関し、曖昧な表現や誤記がある場合に、従業員にとって有利な解釈がされる先例として、参考になるポイントです。

2.実務上のポイント
 ①休職期間満了・復職不可能を理由とする自然退職が無効となると、②解雇の有効性が問題になります。Yから見た場合、解雇の合理性が必要となりますから(労契法16条)、一般的に①よりもハードルが高くなります。Yは、Xらのメンタル問題は詐病である、他で働いていたのでYで働く意思が無くなっている、など様々な理由で合理性を説明しようとしていますが、裁判所はいずれの主張も否定しました。
 従業員の解雇には、Yにとって有用かどうか、という視点だけでなく、そのような評価が一般的社会的にも受け入れられるものかどうか、という客観的な評価が必要です。
 さらに、経営の問題として気になる点を指摘すると、Yは非常に小さな会社で、Xらの上司とXらを話して配置するなどの配慮が難しかったようです。その中で、Xらにメンタル問題が生じたものの、Yはこれに対して十分な対策を講じることができませんでした。
 そのために、Xらが休職した機会に縁を切ろうとしたのでしょうが、進め方が強引すぎた、という結果になりました。その原因の一つに、メンタル問題は仕事をさぼる口実に過ぎない、などと評価する傾向があるかもしれません。実際Yも、詐病や労働意欲の喪失など、Xらの側に責任があるような主張を重ねています。
 けれども従業員の健康や安全への配慮は法律上明記された会社の義務であり(労契法5条)、メンタル問題についてはより慎重な対応が必要だったはずです。会社の規模を考えると対応策も限定的になってしまいますが、だからこそより慎重な判断をすべきだったと言えるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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