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労働判例を読む#393

今日の労働判例
【ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ事件】(東京地判R4.1.17労判1261.19)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、客室乗務員Xらが、有期契約の更新を重ねて5年以上勤務したことを理由に無期転換されたとして、航空会社Yによる雇止めが無効であると争った事案です。特に問題になったのが、労働契約とは別の「訓練契約」に基づいて行われていた、採用後の当初2ヶ月にオランダで行われた訓練について、これも労働契約に該当するかどうか(該当すれば、無期転換を求めた時点で、通算して5年以上勤務したことになる)、という論点です。
 裁判所は、これも労働契約に該当するとして、Xらの請求を概ね認めました。

1.特徴
 本判決は、Xらが「労働者」に該当するかどうかについて、一般的な判断枠組み、すなわち①指揮命令下で仕事をしていること、②労務の対価を受け取っていること、に基づいて判断しています。
 ところで、教育訓練期間中も労働者かどうかが争われたこれまでの事案(労働判例誌の本判決の解説が紹介している事案)に関する実際の裁判例では、例えば研修医や仕事を覚えるための研修生について、①当該期間中も実際に医師や事業者としての仕事を行っていたこと、②報酬も支払われていたこと、などを理由に「労働者」とされましたが、司法修習生については、①法曹としての仕事を行っていないこと、②報酬は仕事の対価ではないこと、などを理由に「労働者」でないとされました(最高裁判決)。
 本事案は、訓練期間中、地上での研修や訓練だけでなく、実際に運行している飛行機に搭乗してサービスを提供するなどの訓練も行っていますので、①の要素が相当程度あるようにも見えます。
 しかし、搭乗訓練中は、ヨーロッパで必要とされる客室乗務員の資格がなければできない業務を行いませんでした。むしろ、実際に客室乗務員としての仕事を体験するもののそれは訓練の一環であり、2か月間実際の業務は一切行っていない点を見ると、司法修習生の場合に近いようにも見えます。特に注目されるのは、司法修習生に関する事案では、実際に、例えば裁判官の指導の下で判決の下書きをしたり、検察官や被疑者の了解のもとで事情聴取をしたりして、法曹の業務の一部を分担しているように見えるのですが、仕事を行っていると評価していない点です。本事案でも、搭乗訓練で実際に乗客へのサービスの一部を分担しているようにも見える作業を行っていますので、同様にこれは仕事ではない、と評価されても良さそうです。
 けれども、本判決は司法修習生に関する最高裁判決を当然知っていながらあえて労働者性を認めているのですから、両者の違いがどこにあるのかを考えておきましょう。
 総合判断の結果なので、何が決定的な違いなのか簡単に断定できませんが、私が特に注目しているのは、汎用性です。すなわち、司法修習生の場合には、司法修習生が所属する最高裁判所(つまり、裁判所)で引き続き仕事をすることを前提にしたものではなく、裁判官・検察官・弁護士に共通する基礎的な能力を身に付けます。この意味で、汎用性があります。
 他方、本事案での訓練は、Yの機材やポリシーに特化した能力を身に付けます。この意味で、汎用性がありません。汎用性のない知識や能力を身に着けさせる訓練は、たとえそれ自体に生産性がなくても、その会社のために時間と能力を捧げることになりますし、従業員の労働力を会社が受け取るのが将来に遅れているだけである、と見ることもできるでしょう。
 また、汎用性という視点は、例えば留学費用や研修費用を会社が支払ったのに、当該従業員が転職してしまった場合に返還請求できる、という約束がある場合の返還請求の可否の問題にも共通します。返還請求の可否も、様々な事情の総合判断なので、汎用性が決定的な事情とは言えないのですが、その会社でしか役に立たない内容の研修の場合(汎用性がない場合)には返還請求が認められにくくなり、他方、MBAなど他の会社でも役立つ内容の研修(特に留学など)の場合(汎用性がある場合)には返還請求が認められやすくなります。
 このように、訓練内容の汎用性に注目することで、司法修習生の労働者性が否定され、本事案での労働者性が肯定されることの違いを説明できるように思われるのです。

2.実務上のポイント
 とは言うものの、例えば実際に転職する際には、どの会社で仕事を経験したか、というような事情が重要となりますが、特定の会社の仕事は汎用性がない場合も多いでしょう。そうすると、汎用性があるのかないのか、という問題も、厳密に線引きできるような明確なものではありません。どちらとも評価できるような教育訓練もきっとあるでしょう。
 このように見ると、教育訓練の契約に関し労働者性が認められるかどうかは、やはり総合的な判断に基づくものだから、事案によって判断が異なり得る、ということしか言えないのかもしれません。
 本事案は控訴されているようですので、控訴審の判断が注目されます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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