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この手にあるものと零れゆくものと

梅雨入りしたというわりに雨続きな感じがないな、なんて思っていたら「そう?」とばかりに朝からざあざあと勢いがいい。


家事をしながら、ぼんやりお茶を飲みながら。
雨の日は、雨粒の連なりみたいに、思考があちらこちらに飛んでは連なっていく。

そういえば去年もそんな記事書いたな、とふと思い出し、読み返してみる。


出来事も気持ちも憶えているけど、いま同じ事を書いたとしても、きっと少しずつ違う。
うん、書いておいてよかった。やっぱり私は自分のためにnoteを書いているな。

でも日記帳でなくここ(note)なのは、誰かと分かち合いたいという気持ちも大きいから。

好きなことを書いて読んでもらえて、共感や意見をもらえるのは、やっぱりとても嬉しい。


そんなこんなで雨音を聴きながらの6月振り返り、はじまり、はじまり。

◇コロナだったかも?

6月前半に夫が風邪をひいて、あっという間に私ももらった。
だるさや鼻水が主な症状で甘くみていたら、数日してから微熱が出始め、これがだらだらと下がらないったら!
1週間ほどでやっと治まったものの、すぐ疲れて動けなくなる日々が続き、気分も鬱々として参った。

あと、初めて嗅覚が全くなくなるという経験。

挽いてもらった珈琲豆の袋を開けたとき、いつもならぶわっと広がる芳香がないことに気づく。
シャンプーの林檎の香りも、カレーライスもお味噌汁も、どんなに鼻を近づけても、全くの無臭。なーんの匂いもしない。

鼻が詰まってる訳でもないのに匂いが分からないというのは、本当に不思議な体験で。

調べてみたらコロナに限らないらしいけど、人生で味覚嗅覚が鈍ったのはコロナの時だけだったので、私の中で一気に疑惑が高まる。

まあ前回コロナ時は、高熱続きに味覚障害でかなりキツかった(全部うっすら苦い)ので、それに比べたらマシとはいえ、からだが諸々ダメージを受けてる感じがして不気味。
今はだいぶ回復している。検査を受けていないので確定ではないけど、やっぱりコロナにはもう関わりたくない。

◇息子、多忙を極める

5年生になった。

4年生まで週2だった塾が週3となり、習い事を整理する必要が出てきた。本人に選ばせたところ、そろばんとテコンドーは続けたい、スイミングは辞めていいと。うお、意外!
だっていつも「疲れたー面倒くさいー行きたくないー」ってぶつぶつ言うのが、続けたいというふたつだから。

つーか、わたし的にはもっと減らしたいんだ。

やんわり説得してみるも、本人的な目標(そろばん2級、テコンドー緑帯)までは頑張ってやりたいらしい。そういわれるとなー。サポートするしかない。

でも週5習い事+毎週末塾テストは、日々忙し過ぎる。塾の宿題をこなすのがやっとで、テストの見直しや復習なんて出来たもんじゃない。

そもそも、中学受験もしてもいいし、しなくてもいい。まあ勉強は無駄にならないからやっとこ。

そんなゆるい考えでここまできたけど、そろそろ本気で志望校なり受験の可否について考えなきゃというところにきている。いや、もっと前にきてるんだけど、なんせ夏期講習の価格が昨年の数倍なんだ(驚愕白目)!!

受験しないなら、もっとほかの経験や遊びにも時間をゆっくりとれる。
とりあえず、学校見学などまわってみるか。(あと二月の勝者を読もうっと)

というわけで、スイミングは辞めることになった。水中で目を開けられなかった赤帽くんが、クロール25m泳げるまでに。何より水泳の時間が楽しみになってくれたのが、嬉しい。


◇とっておきを読む

今さらながら「呪術廻戦」を読んだ。


絶対面白いのが分かってたから(勘と周りの評判)、いつかまとめて読むぞと決めていて、満を持して「……今だ!」と読み始め、まあ止まらないよね。

 単行本をまとめて読める至福を味わった反面、これからは新刊を待つそわそわとの闘い。

 ちなみに息子はアマプラで先に観て「面白いよ!」とお薦めしてくれたんだけど、ちゃんとネタバレせずいてくれて感謝。しゃけ!おかか!で会話するのが流行る。


あと
「光が死んだ夏」


これは、私が想像していたのとだいぶ違った。

なんというか、思ったよりホラーで、思春期の距離感とか執着とか切なさとか、そういうもどかしさみたいなのもあり。
読んでいる間ずっとまとわりつくようなじっとりとした湿度と、日本語の擬音が秀逸。
好き嫌いは分かれるだろうけど、私もヒカルに情が湧いてしまっている。


番外編
「キメツ学園!」

息子につられて読んだら、面白くてハマってしまった。吾峠先生お墨付きのパロディ作品。
本編へのリスペクトと愛をひしひし感じるし、キャラもみんな可愛いー♡
何より本編で辛い目にあってたあの娘や彼らが楽しそうな姿に、ほっこりにっこり。6巻で終わりなのが残念なくらい。
今週でアニメ柱稽古編も終わるね。これから怒涛の展開は、アニメか映画か!?気になるところ。




◇50になる

先日誕生日を迎え、50才になった。

ごじゅう。
ゴジュウ。
50かあーーー。

10、20、30、40と迎えてきた中で、
ハタチと同じくらいにずしんときた。

何となく40代は、30代の延長みたいな気持ちでいたけど、50となると、その上の世代、60や70という上を見据えて過ごしていかないとな、と感じた。

なんだか急に、心細くなる。

いま私が手にしているものを、どれだけ減らさずに、失くさずにいられるかな。

これからは零れていくものが増えていく気がして、焦るような不安なような。


誕生日には、母とふたり、父の墓参り(納骨堂)に行った。
お父さん、私、50になったよ。
骨壺の父と、母と、3人で思い出話に花が咲く。


納骨堂は父が長年過ごした街にあり、家族にとっても馴染み深い場所だ。でも機会がなければもう訪れることがない場所でもあるので、父に会いに行く度に「ここに決めてよかったな」と思う。


私が生まれた街。
父と母と、暮らした街。
父が愛した街。


母も、今年80になる。
わが家の犬も15才で、最近は粗そうが増えてオムツをし始めた。

でも変わらずに母も、犬も、とても愛しい。
零れてなんて欲しくないし、いかないで欲しい。

なんの覚悟もできていない。
たぶんずっと覚悟なんてできない。

でも、その代わりにできることを探して、それを大切にやっていかなきゃなと、小さく決意している。


夫にそんな話をしたら、
「まあ、零れたり減って困るものもあれば、増えたらいけないものもあるしね」
といわれた。

えっと、増えたらいけない、あれとかこれとかあんなのとか、ですよね?笑

零れてしまって胸が痛んだり
自分にないものを羨ましく感じたり

それもこれも、持っていこう。

そしてその手触りも匂いも気持ちも
この場所に留めておきたい。


いつか読み返す私には、
それらはどんな風に映るかな。

ありがとう~その① 夫♡


ありがとう~その② 友♡



父の納骨堂から見上げたブーゲンビリア




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます♡ さらにコメントなどいただけると、しっぽをブンブン振ってなつきますU^ェ^U