笑わせ口上

ちょいとちょーいと。

(袖を引かれ振り返ればいい女)

そこの兄さん、いい扇だね。
それちょうだいヨ
ちょうだいちょうだい、なぁに扇くれぇでケチ言うな
お、あんがと。損はさせねぇや、これから口開けの見世モン、タダで見て行けこんちきしょ。アハハ

(ト、橋の欄干へ飛び)

ササ皆々様、本日もここへ参りましたる女一匹、
返る袖に花のかんばせ、その名も花よ、知らない奴ぁ無粋もの。
神国名にし負う出雲の阿国、女かぶきの男顔負け
本日は趣向を変えましてあきんどにかぶきましょ
サテサテこれなる売り物を見事売りましたれば
木戸賃くらいはいただかなくちゃあ
天下一品この売り口上、将軍様もあおいき吐息、神仏も喝采したるこの腕です

(どこからともなく拍子木の音)

東西ー東西ー。
エェ近頃都に流行りたるもの!辻斬り大風火事コロリ
いまや無常こそ世の常なりハテ無常とは何事か
常が常なら無常も常よ
次にいまごろ流行りたるもの!覆面流言座敷牢
何をするにも息苦しき世の中かな
ここィらで本日の売り物をば
左袖より取り出だした、オットこれは舞扇。
きょうの阿国は舞いませぬ、あきんど気取りなれば
右袖より出だしたるこちらの扇、また扇かといいなさんな、そこの兄さんからもらったのサ、こいつぁイイ扇
もらいものを売るなたぁ、つまらねぇことを言うなよぉ
もらったからにゃ阿国のもの、金は天下のまわりもの
手垢のついたもんだってこの阿国が売るからにゃ、きんきんきらきら金の元
景気よく小判を降らせて見せまっしょ
エェ、これなる扇はふしぎの扇
機嫌の悪いどなたでもこの扇にてあおぎたればニッコとほほ笑む
一ツやってみようか、

(通りかかる親爺に目を付け)

ヤァそこのむずかっちぃ顔のおやじさん!
暑いだろ扇いであげるよこっちへおいでよ

(渋々と寄ってくるおやじ。阿国心得たりと扇操りツツ)

何だよ難しい顔だなぁ、笑わしてやろうか、エ、なぁに
不景気で店がつぶれただぁ?あんた三代目かぃ
二代目かいそりゃ災難だねぇ
おやじさんおいくつ。アラ五十。ご立派じゃねぇの髪があっていいこった。
うちの長屋の親仁さんは昔は大変な色男だったんだってさぁ
それが聞いてよ今じゃきんかん頭の渋おやじ。その商売もみみっちぃ、刷毛売りのおじさん。
刷毛に毛がありハゲに毛が無し
ハハハハ、ソラ笑った。おひとつ笑い頂戴
商売に精出しな、商いに飽きちゃおしめぇだよ
おひねりくれと言いてぇとこだがまぁいいや。しっかりねぇおじさん

(おやじ何やら会得の様)

サテサテその刷毛売りおやじの言うことにゃ
江戸から上方、京から江戸へ
昔は大きなあきないをまわし、嵐の舳先で船頭を叱り、店に出たれば番頭を叱り、遊んでばかりの息子を叱り、怒ってばかりの雷おやじ
そのおやじもいまや齢七十、いつのまにか菩薩のように悟りすまして、からかわれても平気のへいざ
マァきれいな薬缶頭とが笑やぁ、
毛も金もなくても俺は偉ぇんだ、この江戸から京に、西へ東へ、世にでっかい金を回したのはこの俺と知ってりゃ張る胸もあろうというもの
もうすぐ死んだら土の肥やしになるからやっぱりエライときた
こりゃ参ったねぇ人間これっくらい肚を据えなくちゃ

(折悪しく泣く子の通るを見)

ちょいとそこの坊主、何泣いてやがる
この阿国の見世物で泣くたぁいい度胸だ。見世物にケチがつくだろ、悪ぃ坊主だな
こっちおいで扇いでやるからさ
ええ、何泣いてんだよぉ。おっかさんが病気だぁ?
医者っ様に行く金もないか。そりゃえらいこった。
泣いてもいいが泣くときゃ覚悟をもつんだよ
世の中がどんよりしてるときぁ、泣いてるやつなんざありふれてる、めずらしくもねぇ、誰も助けてくれねぇや
助けてもらいたきゃ、珍しいことをすんだよ
泣くより笑いな、人を笑わせな、笑い笑わせ円満に広がるのが縁ってもん
泣いてできる縁は仏様だけ。生きてる間は人間様を相手にしなくっちゃ
この阿国を見習いな、笑って笑わせて笑われて成上がったる芸の天下
サァサァここで一つ小噺。
遠眼鏡を買った男。ひとしきり江戸中見回して、いい気分。これはいいぞと言うんで友達連中を橋の上へ引き連れてきて自慢する。
友達のひとり、覗いたなり「アッ銭が落ちてる」みんなして「なになにどこだ」と目を凝らす。
眼鏡をのぞいた男、眼鏡の先で一生懸命手を動かして、「とれない」と悲しそう。
そりゃぁそうだい。五十里も先だもの。
そら笑った、笑い頂戴!
阿国直々に相手をされるお前は何様だぃ、羨ましぃねぇ
唐国のみかどだって、国で一番いい女にあおがせて惚けていたもんだ
阿国は文句なしのいい女。国で一番、天下一品、かぶき女。男も女もにかかれぁコロコロだ
お前は帝くらいの贅沢をしたんだよ。ついてんねぇ。その運を逃がしちゃいけねぇよ、泣いちゃぁ逃げるぜ
手をお出し、飴をあげる。オイオイ阿呆、あんたが食っちゃいけねぇよ、おっかさんに精つけさしてやんな!その情けねぇ顔をしまってニカッと笑った顔でおっかさん笑わしな。
ハァちきしょう稼ぎにならねぇこったハハハ

(照れ隠し、エヘンエヘンと咳払い)

金は天下のまわりもの、江戸ッ子は五月の鯉の吹き流し
宵越しの金は持たねぇのが色男、大盤振る舞いがしゃれたやつ
阿国は色男が好きざんす、景気のいいのが好きざんす
景気の悪いこの世の中にぱぁっと風穴を開けまっしょ
阿国の売りたるこの扇!ひとたび扇ぎゃあ、みぃんな笑うこの不思議、いま見たママ聞いたママ
さぁさぁお次はどなたから。辛気臭ぇ人からでておいで
歌舞伎踊りの出雲の阿国、扇扱いは得意なり
ひとたび扇をとれば目にも鮮やかこれぞ神業、笑いの起こるこのお江戸
ナニこの阿国は天下一、それっくらいわけもねぇやな
歌舞伎踊りで世を取った身が、本日ばかり商売替え
行き当りの誰でも笑わせてやろうって親切なお商売です
扇いで欲しけりゃお大尽をかぶきなぃ!お嬢子供は仕方がねぇ、大安売りだ、金は要らねぇや。
世にも珍し、お江戸で初の笑い商い!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!八百八町、東は日光大権現、西は浄土の仏まで。ズズズイーーーーーッと、かぶきかぶいてみんな笑わしてやらぁねぇ!

(天下まるごと、笑い頂戴)

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