ちいさなおねぼうさん

丸い頬の男の子が
ある日野ばらをみつけた
墓地の隅っこ、
微笑む真っ白なアヴェ・マリア
その、足もと
くすんだつぼみのちいさな野ばら
マリアに抱かれた寝坊ないのち
男の子は夢中になって野ばらにキスをした
キスをしたら、彼のママは微笑んでくれるのだもの
ちいさなつぼみを大事に大事に手で囲って
くすぐるようなキスを送った
野ばらはあくびをして
寝ぼけたまんまでうんと伸びをして
くすんだ色のつぼみから
ちょっぴり赤い色がのぞいた

赤く血の通う頬をした男が
ある日野ばらに恋をした
墓地の隅っこ、
やさしく苔むしたアヴェ・マリア
彼が見いだしたちいさな野ばら
赤いつぼみをいくつもつけて
すっくり佇む若いいのち
男は夢中になって野ばらに恋を語った
おとぎ話のあらゆる言葉で
美しい言葉の全てで
焼け付くような恋を語った
野ばらは澄ましてそっぽを向いた
いやぁよ、
あなたったら熱いんだもの
熱くってあたし、枯れてしまうわ
そう言って青々した葉をふるわせた
男はひどくかなしんで
それでも野ばらに投げキッスを送った

削げた頬の老人が
ある日野ばらを忘れた
墓地の隅っこ、
かなしく崩れたアヴェ・マリア
ひとりぼっちのちいさな野ばら
やっとひとつの花を咲かして
男のために佇むいのち
恋を語る多くの言葉
焔のような息の熱
投げキッスのくすぐったさ
自分に向けられるそのすべてを
野ばらはずっと待っていた

冷たい頬をした男は、
ある日墓地へやってきた
がたがたと荷馬車でやってきた
墓地の隅っこ、
きらきら光る大理石のかけら
野ばらは喜びにあふれて腕を伸ばした
あなたとってもすてきになったわ、
ねぇ、キスしたげる、あたし……
男はだんまりのまま
運ばれて、埋められて、見えなくなった
墓守が野ばらを引き抜いて
真新しい土の上に放った
誰かがうたうアヴェ・マリア
萎びた野ばらは
愛しい男の墓碑となって
静かな幸せのうちに朽ちていった

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