問答条々

私:「先生、問答をいたしましょう」
先生:「まぁ他にすることもなし。付き合おう」
私:「夏草かおる世の片隅で、さしむかって、君の問いをはぐらかす。
死ぬまでにそんな暇があってもいい。でもあんまり長いと私は飽きるよ」
先生:「秋が来る前にはきっとやめましょう」

一(ひとつ)、愛

私:「問。愛とはどんなものでしょう」
先生:「答。あなたにわかるはずがない」
私:「そうでしょうか」
先生:「わからないよ。私は君を善く知っているので、これは私にとって月の光より明らかなことだ」
私:「そうでしょうか、ほんとにそうでしょうか。」
先生:「そんな顔をしないように。私は何も君を拒否するわけではない。あきらかなことを説き聞かせているだけだ。わかるはずがない。君のみならず私にもだ。人の身が愛など語るべきではない」
私:「先生、そうでしょうか。
わたしとあなたの間を循環しているこの熱
わたしの耳たぶを赤くするこの熱
あなたの翼を溶かして墜落させるこの熱
サロメが手に入れられなかったあの熱
化石から我々へ脈々と通じる熱
その熱を人は愛と呼ぶのです。
肉体の有る限り人は、人を、愛さずにおれるでしょうか」
先生:「そうだろうか。本当にそうだろうか」
私:「月の光のようにさやかにそこにあるのです。わたしのとなりに先生のとなりに」
先生:「問。私にはわからないのに君にはわかるのか」
私:「答。わかりはしません。けれどこの身に流れています」
先生:「問。答えを知っているならば、なぜ問うんだ」
私:「答。わかりません、先生」

一、怨み
私:「問。先生が夢に出てきます。それはなぜでしょう」
先生:「答。それはわたしではない。わたしの顔をしたまものだよ」
私:「先生、夢をみるのです」
私:「毎晩のようにわたしの夢にあなたが出てきます」
先生:「そんなはずはないよ。夢に出てくるのは君の心に紐づいた誰かであるべきだ。わたしは君に何らの念も抱いていない。恋してもいない、うらんでもいない」
先生:「夢に出るほどのものじゃない」
私:「そうでしょうか」
先生:「君の夢で私のまものは何をしている」
私:「「君を許さない」と私をさいなむのです」
先生:「やっぱりまものじゃないか。私は君を苛んだりしない」
先生:「そういえば私も君の夢を見る」
私:「先生の夢でわたしは何をしていますか」
先生:「様々だな。けれど決まって、夢から覚めた夢で君が言うんだ。
先生:「先生が怨めしい」」
私:「先生の夢に出るのはまものでなくてわたしでありたいけれど。でもやっぱりそれはわたしの顔をしたまものです、先生。だって私は先生をうらんでいません」
先生:「その言い訳がすでに怨みがましい。気づいてないだろう」
私:「問。うらみなどどこにあるでしょう」
先生:「答。知らぬうちに嵩を増す万年雪。それが君の怨みの姿だ」

一、恋

私:「問。恋を語るなら、先生と私はどうなるでしょうか」
先生:「答。どうもなりはしない。恋などで」
私:「問。寝物語に恋を語るなら、わたしたちは恋人でしょうか」
先生:「答。それは叶わない。私は恋を語らない」
私:「問。問答をするのと変わらない気安さで恋を語るとしてもいけませんか」
先生:「答。どんな気安さで語っても、恋は酸のように心を溶かし出す。
君にこの心は渡さない。私の牙城。この孤独。分かち合うのは肉体だけにしよう。恋など君にわかるものか。君にわかるはずはない。君に、わかるはずはない。君にわかるはずは、ない。どんな音にしたところで君にはわかるはずがない。恋などは。
……問。どうして恋など語るんだ」
私:「答。あなたにわかるはずはない。わかるはずはない。それでもわかったふりはしてください。わたしの恋を。
そうでなくてはわたしはさびしい」

一、墓前の作法

先生:「どうしてこたえてくれないのだ。
問。どうして君はこたえないか。そら、ここに問がある。
なぜに君は答えない。答えなくては問答にならないよ、君」

先生:物言ふと みえし君かな 夏過ぎて いまや梔子 こと問ひもせず
――
私:こたへんと しては思ひに 胸つぶれ いまやくちなし 恋埋む秋

先生:「墓碑くらい、何か残してくれればよいのに。
君のしかけた問答なのにどうして私が執着するんだ。答えのない問いを私にさせるのではないよ。
君なくして、この秋を、何に縋って生きろと言うのだ」
――
私:「問答をいたしましょう、先生。
問。私の心とはなんでしょう。愛、怨み、恋、これすべてあなたに向ける心です。
先生、心とはなんでしょう。大きな渦を為す小魚の群れのよう。夕空に翼をかける雁がねの群れのよう。こまかな花弁を重ねる菊花のよう。
答。私の心は、ただ、あなたのそばにいたがった。夏の土に葬るこの心をどうぞ問い続けてください。
問。先生、ゆるしてくれますか」
――
先生:「答。許さない。許してやれるような私なら、くだくだしく問答などしなかった。せめて私を連れて行け、意気地なしめ」

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