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え?オレ、間違えた? 1975年のバレンタイン

地方都市周辺のある町の、女子とはお付き合いしたことがない中二のバスケットボール部員だった。
2月14日の放課後。練習前の体育館でシュートやドリブルなどボールに慣れるように戯れていたところ、窓越しに同級生女子2名から名指しで呼ばれた。2人とも同じクラスになったことがないので、にぎやかなのか、おしとやかなのかなど、「タイプ」もわからない、いわゆる「情報がない」状態だった。
「練習終わったら、水飲み場に来て」。これが野球部や詰襟の高さが6センチもあるような上級生に呼ばれたなら、ビビって練習にも身が入らなかったろう。でも、2月14日という日に同級生女子から呼ばれても、違う意味で練習に身が入らない。

中堅若手漫才師などが思い出話のネタとしてよく使うように、昔の中・高生運動部員は練習中には水を飲ませてもらえず、練習が終わると脱兎のごとくかけ出す先が水飲み場。春夏秋はもちろん、いかな寒い真冬でもそれは変わりない。それが昭和40年代の「水飲み禁止令」の徹底さはなおさらのこと。

練習後の顧問の先生の訓示直後、水を求めるバスケ部員に、女子から「水飲み場に来て」と声かけられたのを悟られないように頃合いをはかっていたが、そのあとサッカー部員が水を求めて走って来るのが見えたので、3人で体育館裏に回った。本当は水をたっぷり飲みたかったのだが、タイミングを逃してしまった。
そして2人のうち背が高い方のA嬢が言うに、「2人のうちどっちかがアナタのことが好き。さあどっち?」とチョコを渡しながらはっきりした口調でそう言った。

そこは14歳中坊ながらのあさはかな「深読み」。そりゃそうはっきりとした口調でチョコを渡す後ろに隠れるようにしてうつむいて立っているB嬢の方だろう。その応援団としてA嬢は来ているのだろう…と…チョコをジャージの上着に隠し、水飲み場に回って、少しだけ口を潤して部室へ向かい、部員に悟られないようにマディソンバッグの中にそいつを潜ませた。
その3日後あたりから写真の交換や当時お決まりの「交換日記」などが始まった。

しかし、お付き合いと言うにはどうにも空気が悪い。B嬢は明るい顔をしていないし、A嬢に至ってはあの日から廊下ですれ違っても目線を避けるように去っていく。何でだろ?オレ、何か悪事したかな?
そして春休みになり、今で言うフェードアウト状態に。
学年が変わり3年生のゴールデンウィーク前。気のおけないある女子から伝えられたメッセージ。「アンタ、あの2人からチョコもらったやろ。せやけど返事する相手を間違えてしもうたんやって?」

え?オレ、最初っから間違えてたんか?
「しまった」「恥ずかしい」「後悔」「何や、それ?」「これからどうすんの?」など、わけのわからない感情が一度に湧き出してきて、その日そのあとどうしたかの記憶が、ない。
もうすぐ半世紀前になるコト。もう言うてもええやろと思い、バレンタインデーの前日に、久しぶりにノートに書いてみた。

お前こんなの序の口やで。もっとびっくりするコト、おっと、ステキな出会いも涙の別れもあるで。14歳の孫みたいなオレへ…

主にお笑いと音楽に関する、一回読み切りのコラム形式になります。時々いけばな作品も説明付きで掲載していくつもりです。気楽に訪ね、お読みいただければ幸いです。