更新される毎日
最近、職場でつかうパソコンを新調した。
OSの更新も兼ねて、さほど値段の張らぬ、しかし仕事には支障をきたさないレベルのものを。
すでにひと月以上も経つのだが、いまだ薄れない新品感にとまどう日々である。
さすがにおろしたての電子機器特有の<におい>は消えているものの、何とも言えぬ違和感がぬぐえない。
タッチの感触はやわらかく、以前よりも音が静かで、職場環境の向上には大いに貢献している。
何より、旧パソコンとの大きな違いは、テンキーである。
今までは外付けのテンキーを、ノーパソにつないで使用していた。
数字入力の際、”000”という、ゼロが三つ並んだキー。
わたしはこれをたいそう重宝していた。
いちいちゼロのキーを叩くのはめんどい、そういうとき、ぱっと”000”のキーに指を伸ばせば、時間も手間も短縮できるスグレモノ!
…ただ新相棒、横幅が旧相棒より広いため、以前と同じ位置にテンキーを置くと、まぁ使いづらい。
テンキーを使うたび毎、右手を少し下にずらさなくてはならないため、腕や肩に負担がかかる。
振り返れば5年以上の付き合いであるテンキーとのお別れには、一抹の寂しさを抱きはしたものの、この肩のしんどさには代えがたい。
現在は、パソコンのキーボード横のテンキーのスペースを使用している。
* *
こんなことを書いてはみたけれど、たぶんあともうひと月もたたず、この感覚は薄れていくんだろう。
はじめてスマホを手にしたときも、こんな小さな媒体でできることのあまりの多さにとまどったものだが、いまではわたしの生活に欠かせないものになっている(是非は別として)。
セカイには日々、分野を問わずあたらしいものが生まれていく。
それらはわたしたちの日常に、いっとき大きな波紋を生み出し、日常へと溶け広がっていく。
水面に落とした小石が、水紋をひろげたあと、水底へ沈んでいくように。
その行方を気に留めることはない、ささやかかかもしれないけど、確かな変化。
更新され続ける<今日>を、わたしは”今日”も生きていく。
…なんて、らしくない文言で〆てみた。
少しだけ、気恥ずかしい。
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