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季節と記憶と匂い

夏を代表する匂いとは何だろうと、ふと考えた。

春は野菜の実りに向けて鋤き起こした土と肥料の匂い、秋は金木犀の甘い匂い、冬はつめたく乾燥した外気の匂い。

これは夏特有だと感じる匂いは、そういえばぱっと思い当たらない。

夏は匂いより視覚、触覚の要素の印象が強い。目に沁みいるような鮮やかな木々の葉の緑、じりじりと肌を焼く強い陽射し、衣服の内側で肌を伝う汗、熱を反射するアスファルト、乾いた喉を心地よく滑り落ちていく冷たい飲み物。(秋には紅葉、冬には雪や南天の赤も視覚的に美しいと後から思い浮かんだので付記しておく。)

そして、匂いは時に古い記憶をも脳裏に呼び込む。

わたしにとってその代表格と言えるのは、プールの塩素の匂いだ。

小学生の時分。着替え終えて体育館に集合し、そこからまばゆい太陽の熱をたっぷりと吸い込んだコンクリートの通路を通ってプールへ。途中、水泳用の帽子を被った頭からシャワーを浴びて、紺色に変わった水着で準備運動を済ませると、待ちに待った時間だ。

ほどよく冷えた水の中へ飛び込む至福のとき。しばらくは自由時間で好きに過ごす。たぶん水に身体を慣らす意味もあったのだろうと今は思うけれど、あの時間が一番楽しかった。素潜りっぽいことをしてみたり、友だちと追いかけっこをしたりと、おそらく10分かそのくらいの時間、大いにはしゃぎまわり、あたりへ笑い声を響かせていた。

つんと鼻を刺激する匂いの正体は、その当時は分からなくて、プールの底に沈んでいる白くて丸い錠剤のようなものを摘まんでみたりもした。付けていたゴーグルが目のまわりの皮膚に食い込んで少し痛かったことや、25メートルを足をつかずに泳げるようになったこと、クラス内対抗リレーで声を出して友だちを応援したりされたりしたことなど、列挙していると糸を手繰り寄せるようにいろんなことが映像付きで押し寄せてくる。

水泳のあとは身体がだるくて睡魔との闘いで、その後の授業がろくに頭に入ってこなかったこと、たまに耳の中に水が入ってしまい、音がこもるように聞こえる状態が不快で、でもその時は水の出し方なんて知らなかったから、その状態で学校が終わるまで過ごさなくてはならなかったこと、家でいろいろ試しても解決せず、夜ベッドで横になってしばらくすると、ごぼっとかすかな音と共に耳の奥から水が押し出されて、枕にかぶせてある布を濡らす感触にびっくりしつつもほっとして眠りについたこと。

小学生時代、今となっては良い思い出だったなぁと思える、数少ない出来事だ。

どうしてこんなことを書こうと思ったか、もうそのきっかけも忘れたけど、思い出というものは脈絡なく、きっかけもなく不意に脳裏へ訪れるものなのかもしれない。

今年もまた、夏の盛りが来る。


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