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上司は思いつきでものを言う

 橋本治さんの『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)がベストセラーになったのは、今から20年ほど前のことだ。
 組織のなかで働いたことがある人なら、このタイトルに共感を覚えることだろう。
 私自身にも、10年ほど前にこんな経験をしたことがある。

 ・・・ある日の夕方、6時過ぎのこと。
「明日の会議での提案のことだけど、やっぱりパワポでやることにするから、よろしく」
 上司が帰り支度をしながら、私に向かって言った。
 しかし、午前中の打ち合わせの際に、
「提案は紙ベースの資料を使って行う」
 と確認をしたはずである。そう指摘すると、
「でも、やっぱりパワポでしょう」
 という言葉を残し、上司は帰っていった。
 ・・・こうなってしまったら仕方がない。
 その夜、ほぼ徹夜をしてパワーポイントのスライドを作成した。

 ところが翌朝になると、
「持ち時間が短いから、やっぱり紙ベースでいこう」
 ときた。
 通常、「やっぱり」という言葉は、
「やっぱり、君とは結婚できない」
 のように、様々な可能性について検討に検討を重ね、苦悩した末に使用するべきものであろう。
 しかるに、この上司が発する「やっぱり」はあまりにも軽すぎる。
「やっぱり」に対して謝れ!!
 ・・・結局、パワポのスライドは日の目を見ることなく、会議は終わった。

 その次の日。前日の無理がたたったのか寝過ごしてしまい、仕事場に向かうエレベーターに飛び乗ったのは始業時刻の3分前だった。
 ぎりぎりセーフである。
 ふと、ビルの入口のほうを見ると、一人の男がこのエレベーターに向かって走ってくる姿が目に入った。
 上司である。
 反射的に、私の指は【閉】のボタンを押していた。

※2022年5月2日付の記事を再掲しました。

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