見出し画像

楽屋落ち

 新年度が始まって10日間が経った。この4月から組織の中に新人や異動者などを迎え入れたところも多いことだろう。

 新しいメンバーを迎え入れるに当たって、従来からそこにいる者たちが気をつけたほうがよいことがある。それは、これまでのメンバーだけに通じるような用語を使ったり話題を取り上げたりする際には、注意が必要だということだ。

 たしかに、身内だけで通用する業界用語や隠語を用いることが、仲間の結束を強めるということはあるだろう。また、仲間内の過去のエピソードは、格好の雑談のネタでもある。だが、こうした言葉や話題によって新しいメンバーが疎外感を覚えることもあるのだ。

 そんなときには、
「今のはこういう意味だから・・・」
「以前にこんなことがあって・・・」
 と、誰かが新しいメンバーに補足や解説をしてあげるのも一つの策だろう。


 日本テレビ系列で日曜日の夕方に放送されている『笑点』は、出演者の入れ替えをしながら50年以上も続いている長寿番組である。

 この番組の後半に放送される「大喜利」のコーナーは、個々の回答の質によって笑いや共感を生み出すだけではなく、出演者同士の関係性やこれまでの積み重ねを経た回答ややりとりが面白さを生んでいると言える。

 それぞれの出演者には「悪人」「貧乏」「お調子者」「小利口者」などのキャラが確立されている。また、相互に連帯、敵対、追従、傍観などの関係性があり、たまにそこへ裏切りが加わるのだ。

 ・・・寄席の用語に「楽屋落ち」という言葉がある。もともとは、楽屋に集う仲間の間だけに通じて、観客などにはわからないことという意味だった。そこから転じて、一部の関係者にだけ理解できて他の者には通じないことを表すようになっている。

 『笑点』の「大喜利」は、出演者と常連の視聴者による「楽屋落ち」によって成り立っていると言ってもいいだろう。

 もしも、生まれて初めて『笑点』を見る人がいたら、
「この2人は、なぜ仲が悪いのだろう?」
「どうして司会者が言うことをみんな無視するの?」
「赤い着物を着て座布団を運んでいる、あの人は何者?」
 など、理解できないことがたくさんあるに違いない。

 そして、あまりにもこうした「楽屋落ち」が多すぎたら、「来週も見よう」という気持ちにはならないだろうと思う。

 だから、そうした新しい視聴者も楽しめるように、自制したり司会者がブレーキをかけたりして、「楽屋落ち」が過剰にならないようにバランスをとっているのだ。


 1980年代に圧倒的な人気を誇っていた某テレビ局では、バラエティ番組の中で出演者とスタッフによる「楽屋落ち」のネタがよく取り上げられていた。

 裏方であるはずのプロデューサーやディレクターのプライベートな話題が番組内で扱われたり、実際に本人たちがテレビ画面にも登場したりしていた。人気がピークのときには、番組のディレクターたちによって構成されたグループがCDデビューも果たしていたのだ。

 だが、今の『笑点』のようなブレーキが機能せず、身内同士で笑い合う雰囲気が鼻につくようになり、視聴者は離れていった。

 このテレビ局の人気が低下した要因の一つは、こうした「楽屋落ち」の空気感にあったとも言われている。

 ・・・気をつけていきたいものだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?