【ヒットの裏側】鬼滅の刃の大ヒットの何がすごいかを、マーケティング目線で分析してみた
若干今更ではありますが、鬼滅の刃が大ヒットしています。映画の興行収入は歴代1位の千と千尋を射程圏内に入れており、近いうちに抜くと思われます。
鬼滅の刃の経済効果は少なくとも2,000億円。アナリストによっては2,700億円との試算を出している場合もあります。とにかく、2020年のエンタメ業界(特にアニメ)は、いまのところ鬼滅の刃一色の様相を呈していることに、異論はないでしょう。
自分自身がマーケティングを専門としていること。さらには、生粋のアニメ好きであることから、今回はこの鬼滅の刃の大ヒットの何がすごいかを、マーケティング目線で分析してみたいと思います。
あくまで僕の知りうる範囲内で、僕なりに考えた内容を書いているだけであり、間違っている部分もあるかもしれません。異論反論があるかもしれませんが、「そういう考え方もあるのかー」という目線で見てもらえると嬉しいと思います。
エンタメという一見再現性を高めるのが難しそうな領域をエンタメの外の世界から分析するのは、必ずや他業界のビジネスでの再現性を考えるのに役に立つと信じています。では、はじめましょう!
1. ビジネスモデルがすごい
僕が一番最初にこの記事を見て思ったポイントはこの点です。鬼滅の刃は、ビジネスモデルがすごい。よくよく考えてみると、興行収入は300億円ほどで、経済効果は2,000億円です。漫画が1.2億部売れているのでそこからの売り上げが600億円程度あるとしても、少なくとも全ての経済効果の半分の1,000億円ほどは、二次利用から売り上げを作っていることになります。(漫画、アニメを1次利用とここでは定義させて下さい。)
作者や集英社が狙ってか狙わずか、既に鬼滅の刃は漫画という商品ではなくRights(権利)商品になることに成功しており、Rights商品を売るために漫画や映画といった1次利用コンテンツがある種の広告媒体となる、という現象が起きています。(実は、この2次利用媒体が1次利用への集客に繋がっているという側面もあるので、一方通行ではありません)
このモデルに昇華することが出来たケースはそこまで多くありません。子供向けならばアンパンマン(アンパンマンミュージアム、教育系コンテンツ等)、大人向けならばドラゴンボール(ゲーム、フィギュア)やガンダム(ガンプラ)などがここに当たるでしょうか。
僕の最も大好きな漫画の一つはスラムダンクですが、少なくとも僕が知りうる限り、スラムダンクはRights商品になることはありませんでした。結果として、おそらくスラムダンクの経済効果のうちのほとんどはその1次利用である漫画、アニメから来ているはずです。(完全に予想ですが)
1次利用と2次利用が行ったり来たりしながらお互いを大きくさせていくことが出来るので、1次利用だけよりも必然的に経済効果が大きくなっていきます。しかも、2次利用の部分はクオリティさえコントロールすれば作者が毎回イチから考える必要がないので、「ガイダンス」的なものを作れば量産が可能です。
そうすると、もはや鬼滅の刃は作者の手を離れ、無限のコンテンツメーカーとなったも同然で、一気にスケーラビリティが出てきます。
僕として興味があるのは、アニメ(映画)が最終話まで終わった後にどうなるのか。既に最終巻が発行し終わっており、作者が汗をかいて炭治郎にストーリーと息吹を吹き込むフェーズは終わりました。そのあとも、ヒノカミ神楽のごとくぐるぐるとビジネスが回り続けるコンテンツとなるのか、もしくはそれ以降は「2020年にあった超ヒット作品」になってしまうのか、ここに興味があります。僕が集英社や作者なら、ここの部分をすっごい頑張ると思います。
注意ですが、あくまでビジネスモデルとして秀逸だ、と言っているだけで、どちらが作品として優れているかを言っているわけではありません。スラムダンクが至高の作品であることには異論はなく、ドラゴンボールとの間に上下はないのです。
2. マスゾーンへの認知の取り方がすごい
若干、上のセクションでも言ってしまっているのですが、鬼滅の刃は認知の取り方がすごいです。もともとはジャンプファンしか知らなかった作品が、アニメから一気に深夜アニメファンにも火が付き、ついにこの映画化をもってして全国民に知られることとなりました。
経済活動者のボリュームゾーンを考えると、全国民が知る=45-50歳の父母が知る、ということだとざっくり思っていただいて構わないのですが、2次利用による彼らへの直接的リーチ(コラボおにぎりやコラボコーヒー)以上に、最も寄与したものがあると思っています。
それは、子供に連れられて映画館に行くこと、です。
仮に、この無限列車編がテレビアニメで放送されていたと仮定してください。確かに、深夜アニメから大幅に昇格して、日曜日朝10時みたいなアニメ的ゴールデン枠を取れていたかもしれません。それが無かったとしても、ネットフリックスでさえ見せられるようにしていれば、かなりの視聴者数には上ったでしょう。
しかし、それではこのマスゾーンである45-50歳の父母には届かないのです。彼らが自分の意思でチャンネルを鬼滅の刃に移したり、ネットフリックスで見たりすることは、なかなかないのです。偶然隣で子供が見ていて、ついでにチラ見する、ぐらいのことではないでしょうか。
それを踏まえて、今回は映画です。小学生の子供が一人で映画館に行くわけにはいきません。ましてや状況はコロナなので、子供が複数人で映画館に行くというのもおススメされません。するとどうなるか、親が同伴するしかないんです。せっかく同伴するなら内容を知っておきたい、「あれ?みてみたらめっちゃ面白いぞ!?」「今日の昼飯は炭治郎おにぎりにしちゃおう!」という流れが生じて当然です。具体的な流入元を調べたことはありませんが、僕の読みではこの経路が無ければ、ここまで全国民が一気に知りうることはなかったと思います。
一家に一人、超強力なインフルエンサー兼土日の使い方の意思決定者がいて(小学生の子供)、その子がアンバサダーとして父母に認知し、財布のひもを緩ませる。これもまたビジネスモデルに近い話ですが、実に巧妙に出来ているカスタマージャーニーを見た気持ちです。
ちなみに、小学生の憧れる人物10人のうち、7人が鬼滅の刃のキャラクターだそうです。その中でも、2位がお母さんで、5位がお父さんだそうですので、現実のヒーローも負けてないということでしょうか。
3. 配荷がすごい
配荷とは本来は小売業で使う言葉で、どれくらいのお店に陳列されていますか、という意味です。つまり、実際にお客さんがお店に行ったときに、棚にないと商品を手に入れることが出来ないのです。認知がいくらあっても店にないものは購入できないという意味において、配荷は特に小売業では1-2を争うぐらい重要視される指標です。
では、この配荷は、映画でいうと何になるでしょうか?正解は、一日に全国の映画館で上映している数になります。それは以下のように求められます。
一日に全国の映画館で上映している数 =上映している映画館の数 × 映画館あたりの一日の上映回数
調べたところ、鬼滅の刃の上映映画館数は400超え、映画館あたりの一日の上映回数は平均で約19回。合計して、一日に全国の映画館で上映している数は7769回。
400か所というのは大規模な映画ではそこまでおかしい数字ではないのですが、何より狂っているのは映画館当たりの1日の上映回数です。平均して19というのは、前代未聞なのではないでしょうか。
仮に営業時間が10-22時の12時間だとします。映画の長さが2時間、なんだかんだ清掃や客入れがあるので、一回転するのに1時間のバッファーを入れて3時間かかるとすると、1スクリーンで一日に4回転(12÷3)です。ということは、全国の大小様々な映画館が、平均して4.75スクリーンを鬼滅の刃に割いていたことになります。だいたい多いところでも10スクリーンくらいしかないでしょうから、約半分は鬼滅の刃専門スクリーンだったわけです。他の映画はどうした?という世界です。
実際、僕が映画を見た桜木町のブルク13は一日42回上映で12スクリーン中11が鬼滅の刃という半端じゃない全集中を見せておりました。この作戦は、おそらく大成功だったのではないかと思います。
これの背景には、コロナ状況下冷えに冷えた映画館にとって唯一の救世主が鬼滅の刃だった、という背景が強く働いているとは思います。他の映画が延期にしたりキャンセルになったりする中で、国民を映画館に連れてこられるようなコンテンツが鬼滅の刃ぐらいしか残っていなかったのでしょう。ちょっと話題の作品くらいでは立ち寄ってもらえず、わざわざ見に来てもらうためには、無理やりでも話題を作らなければならない。
そういう意味では、鬼滅の刃にとっては、コロナは明らかにプラスに働いたとしか僕には思えません。強いコンテンツが次々と舞台から降りて上映を延期してくれたので、堂々とど真ん中を歩くことが出来た。この判断をした配給会社、なのか作者、なのか集英社に、個人的には脱帽せずにはいられません。普通、めちゃくちゃ逆風なので、怖いと思うんですが、さすがですね。
とにかく、このとてつもない配荷パワーのおかげで、見たいと思った人がチケットが、満員で取れないということが比較的少なく、機会損失を極限まで少なくすることが出来ました。もし各映画館が平均10回しか回してなかったら、シンプルに興行収入は半分程度になり、そこから生じる2次利用の収入はもっと低かったに違いありません。恐るべし全集中、さすがです。
余談ですが、僕は同時期にヴァイオレットエヴァーガーデンという映画も見たんですが、こっちは上映数が少なくて、全然やっている映画館がなかったです。偶然出来た時間で近くにある映画館で見ようと思っても、あまりやってない。やってても時間が合わない。鬼滅の刃と同じくらい素晴らしい映画だっただけに、やはり配荷含めたエンタメのマーケティングの難しさと切なさを思い知りました。。。(調べると、それでも150映画館で興行収入は15億円と、実際はかなり上手くいっていたみたいです。さすが京アニ。)
4. なんといってもコンテンツクオリティがすごい
ごちゃごちゃ言いましたが、何がすごいってコンテンツのクオリティがすごい。ユーフォテーブルという制作会社さんはもともと動きが激しい作品の作画に定評があるところですが、それにしても、クオリティがもう本当にやばすぎて、むしろそっちに涙が出ました。
キャラがヌルヌルと動いて、はまり役の声優の声がばちっとはまって(特に煉獄さん)、これ以上ないクオリティになっていたと思います。やっぱり声優は本当にすごい。
色々と、ヒットの裏側みたいなことを書いてきたわけですが、突き詰めると、やはりヒットの根源的な理由は、原作のストーリーと、そのストーリーの良さを250%引きだしたこの映画のクオリティになることは間違いないかなと思っています。
よくマーケティングの相談をされる時に、雑に言えば「マーケティングさえやれば何でも売れるはず!」的な考えの方もいるんですが、僕はやはりそうは思っていなくて、マーケティングとは「いいものがもっと売れる」ためのお手伝いだと思っています。もしくは、「いいものを作る」ための科学的なアプローチだと思っています。
僕も、自分が関わる仕事で、鬼滅の刃の映画の如きクオリティが出せるように、心を燃やさなければな、と改めて思わせてもらいました。
5. さいごに
というわけで鬼滅の刃をビジネスサイド、もっというとマーケティングから分析してみました!個人的に大好きな領域なので、もしアニメやエンタメにさらに詳しい方で教えてくれる方は、SNSで連絡してもらえると涙流して喜びます。もしご興味ある方、一緒にアニメを盛り上げるマーケティングをしてくださる方、ぜひ教えてください!(シンプルにアニメに関わりたいです!)