見出し画像

【紀行】 金沢・能登



一日目 兼六園・茶屋街

 東京駅。新幹線のプラットホームに続く上りエスカレーターに乗っていると毎回、今からこの灰色の街と離れるんだな、と強く感じる。北陸新幹線に乗り込むと、隣の席におばあさんが乗ってきた。今からどこかに旅行に行く、というよりも、今から地元に帰る、というような内容の荷物を持ったおばあさんだった。


 高崎を過ぎたあたりで、眠ってしまったらしい。長野で目が覚めると、隣の席のおばあさんが消えていて、そのまま再び寝ていたら、金沢に着いていた。三時間くらいかかったはずなのに、本当にずっと寝ていたので体感では一瞬だった。


 私にとって、人生で初めての石川県、そして人生で初めての北陸地方に上陸した。私は、ほとんど関東圏から出たことがない人間なので、東京からこんなに離れた街でも、こんなに沢山の人々が生活していることに、新鮮な感情を覚えた。


 荷物を置くために、ホテルに向かった。彼女が、エレベーター内の表示を見て、気になるから後で最上階のラウンジに行こうね、と言っていた。結局二人とも寝てしまって、行けなかったのだが。手荷物を持って金沢の街に繰り出す、昼過ぎの新幹線に乗ったので、その時点で既に十六時を過ぎていた。


 バスに乗る。地方のバスは、勝手が分からないから初めて乗るときは緊張する。金沢のバスは主に、後ろのドアから乗って整理券を取るタイプだった。場所によっては前から乗るものもあるし、均一で値段が設定されているものもあるから、バスってものは得意じゃない。


 兼六園は、広くて綺麗だった。外国人がとても多くて、私が海外の人だったら金沢まで来て兼六園に行こうとは思えなかったので、すごいなと思った。決してこれは、金沢という街を下げているのではなく、私が東京や京都くらいしか思いつかない、取るに足らない人間であるというだけである。


 恥ずかしながら、加賀・能登を治めていた大名が、前田利家だったとは知らなかった。私が最後に日本史を学んだのが義務教育まで遡るので、常識のように兼六園の紹介の札に「利家が〜」と書かれているのを見て、「?」となっていた。兼六園と金沢城のその規模の大きさに、前田家の掌握していた力の強さをまざまざと見せつけられた。


 さて、ひがし茶屋街を歩いてみようかしら。ところが、既に茶屋街が活発に営業している時間が終わっていたのか、どこもお店が開いていない。締め切られた茶屋街を彷徨って、唯一開いていたレストランでカツ丼を食べたが、正直ここは苦手な空気をまとっている店だった。雰囲気が重苦しくて、隅の方で外国人の家族が密かに会話をしている以外は、嫌に静かなレストランだった。


 茶屋街を抜け出して、周辺を歩いてみる。彼女が、地酒を買いたい、と言うので酒屋に入ってみた。観光客向けではなく、本当に、現地の人が通う酒屋、という感じだった。私たちが地酒を購入していると、地元の人なのだろう、おばあさんがやってきて、地酒に目もくれずに冷蔵庫の五百ミリのスーパードライの缶を二本手に取って、私たちの後ろに並んだ。それがなぜか、とてもよかった。

 

 日も暮れてきたので、ホテルに帰る。バス停に着いて時刻表を見ると、次のバスが来るまで二十分掛かるようだった。バスを待つのに二十分かかる、と彼女に愚痴るように言ったら、バスってそれが普通だよ、これだから都会出身は、と言われた。川の流れと、陽が沈んで桃色になる金沢の街を見て、バスが来るのを待った。


 ホテルに帰って、ちょっと休憩したら再び散歩に行こう、と話していてたら、先述の通り、二人とも知らぬ間に寝てしまっていた。点け放しのテレビでは、地元・石川出身のダンディ坂野がゲッツをして、山梨出身の武藤敬司がお決まりのポーズを取るという、不可思議なCMがずっと流れていた。そのまま、水曜日のダウンタウンを観て、眠りについた。




二日目 21世紀美術館・和倉温泉

 昼前に起きて、急いでホテルをチェックアウトする。バスに揺られて、近江町市場へと向かった。寝ぼけ眼で、市場の活気溢れる呼び込みに応対する。暑さ対策の為か、市場には各地に大きい氷の塊が置いてあった。その氷が、悲鳴を上げるように、みるみるうちに溶け落ちていっていた。


 市場のメイン通りに点在していた、いかにも観光客向け、といった魚介の飲食店で、海鮮丼と寿司を食べる。見た目は俗っぽい外観の店だったが、肝心の石川県の海鮮はとても美味しかった。これだけの為に、再び訪れたいとすら思える味であった。


 そのままバスに揺られて、21世紀美術館へ乗り込む。アレックス・ダ・コルテという人物の、展示物を眺める。よく分からないけど、分かったふりをする。敷地内に、ラッパの形の展示物?がいくつかあった。話しかけると、違う場所にあるラッパに声が届くという、電話のような仕様の展示物だった。それで、知らないおじさんと、こんにちは、良い天気ですね、なんて話をした。とても、楽しかった。


 今回の旅は、金沢だけでなく、能登半島の奥の方にも行く予定であった。彼女が行動力のある人物で、私だけの一人旅なら金沢で完結していただろうに、本当に、彼女には本当に頭が上がらない。


 金沢駅から、二両編成の鈍行に乗って、能登半島の付け根にある、七尾という街に向かった。一時間半ほどの乗車だったが、ここでも途中で寝てしまって、目が覚めたら七尾駅に着いていた。


 駅前から少し歩いて、淋しげなバス停に着いた。すると、金沢の賑やかなバスとは異なる、落ち着きを持ったバスがやってきたので、乗り込んだ。私たちの他には、女子高生が一人と、老人が一人だけ乗っていた。特に意味はないが、私も彼女も雰囲気に合わせて無言だった。目的地の温泉街に向けて発車した、少しの時間乗っていると、右側に海が見えた。バスから手を伸ばせば水面に着いてしまいそうなほど、海が近くに見えたのだった。人は、デカい海を見ると、喜ぶ。


 旅館。チェックインの際に、何時に夕食にしますか、と言われて、十九時でお願いします、と答えたが、荷物を置くと二人ともお腹が空いていることに気付いたので、十八時半に早めてもらった。


 夕食は、本当に素晴らしかった。石川県の海産物から、治部煮(じぶに)という石川県を代表する煮物、焼いた能登豚、寄せ鍋、能登ミルクを使ったグラタン、どれも美味しかった。そして地酒を飲みました、宗玄というお酒をたくさん飲みました。あまりにも酔ってしまった、お酒飲み過ぎである。ご飯おいしかった、海鮮がおいしかった。


 酔いを覚まして、旅館から数十メートルの海に向かった。砂浜は一切無く、無骨な港、といった感じの海であった。七尾湾が一望できて、既に夜だったので陽が沈んでいたが、眼前の能登島の存在も相まって、七尾湾の海の壮大さを感じられた。東京湾の、粘り気のある黒ずんだ海とは、大きく似て非なる気がした。




三日目 穴水・七尾

 朝、寝ぼけ眼を擦ると、和室の天井を認識して、能登の旅館に居ることを思い出した。朝の弱い彼女を叩き起こして、朝ごはんを食べる。用意されていた量を見て、朝にしては少し多いか、と思っていたら、食べてみるとちょうどいい量だった。のどぐろの炙りが、美味しかった。


 部屋に戻ると、再び眠気が襲ってきたので、チェックアウトのギリギリまで寝る。朝風呂に行って、前日は真っ暗で見えなかった七尾湾を、露天風呂から眺めようとしていたが、眠すぎてそんなことはできなかった。


 この日は更に電車に乗って、能登半島の最北端にある駅・穴水に行くことにした。一両編成の電車に揺られる。本当に、森の中を切り裂くように走る電車だったので、彼女が、トトロみたいだね、と言っていた。全くその通りだった。


 穴水にて。駅前は、道中の沿線を見て想像していたよりも、整備されていた。道の駅や、お土産屋さんも置かれていて、終点であるこの駅で降りる客が多いのだろう、と感じた。少し歩いて、海を見る。夏休みに入っているのだろうか、昼前なのに、ランドセルを背負った、帰宅途中の小学生が多かった。


 海の近くの、個人経営らしいカフェでご飯を食べる。地元の中学生が職場体験をしに来ていたらしく、穴水の中学生の、カチカチに緊張した接客を受けることができた。そこでトンカツの定食を食べる、美味しかった。


 少し歩いて、駅に戻った。再び電車に揺られて、七尾へ帰る。私の好きな漫画に、「君は放課後インソムニア」という漫画があって、それに登場する、七尾高校の天文台を見た。本当にあの天文台が実在していて、生で見ることができて、とても嬉しかった。あまりの暑さに二人とも熱中症になりかけて、迷い込んだ喫茶店でケーキを食べて、涼んで金沢に帰ることにした。


 帰りの新幹線まで時間があったので、再びバスに乗り込んで、金沢の武家屋敷を散策する。武家屋敷の周辺に、九谷焼の雰囲気の好ましいお店があって、彼女がたくさん九谷焼を買っていた。私も、日本酒を三種類も買うことにした。


 夕飯は、香林坊(こうりんぼう)という歓楽街を彷徨ったのちに、「ピノ」という喫茶店でオムライスを食べることにした。香林坊を、ずっと「おこりんぼう」と言っていたら、途中から彼女に無視され始めていた。


 金沢駅にて、再び地酒を買いまくり、海の幸も買って、ホクホク気分で新幹線にて帰宅する。深夜の新幹線って、誰も干渉しない自由な雰囲気があって、最高だ。素晴らしい、愛すべき、素晴らしい旅であった。






兼六園


金沢城


茶屋街


和倉温泉駅


のと鉄道


穴水・七尾湾


穴水・廃旅館


切符


七尾高校・天文台


武家屋敷


オムライス・明太子クリームソース


 死ぬまでに行きたい場所が、まだ幾つもある。







小林優希

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?