ヘルプで行った店舗が素敵だった

 働きたくない。働きたくないけど、働かないと東京で生きていけないんだよね。だから働くことにしたよ、私は。

 アルバイトをしていると、同系列の他店舗に応援に行かされることがある。いわゆるヘルプである。先日の私も、ヘルプでとある店舗に行ってきた。このお店がなんというか、「素敵」だった。

 まず、ヘルプ先の最寄駅で降りる。最寄駅と言っても、駅からお店まで歩いて二十分ほどかかる。人が多いわけではないけど、学生の比率は高かった。緑も多くて、街全体が若々しくて落ち着いている印象。歩いてみると街並みが整っていて、静かであることに気づいた。

 閑静な住宅街を歩いてゆくと、確かにそこにお店があった。ぽつんと佇んでいて、看板が色褪せている。店がそのまま、過去からタイムスリップしてきたようだ。どうしてこんなところにあるんだ、不釣り合いだし誰も来ないだろ、と声に出して言いたくなるほど、似合わない場所にある。

 店内は、近くの民家のテレビの音が聞こえてくるほど静かだった。お客さんが一人もいない。店員らしき、幸の薄そうなおじさんがいたので話しかける。とても早口だけど、物腰が柔らかい人だった。

 本当に、このおじさんが、物事を説明するのが上手かった。人に物を教えたり、人に仕事を捌いたりするのが上手い人だったのである。危うく、見た目で人を判断するところだったぜ。何の根拠もなく、戦国時代だったらこういう人が大名になってたんだろうな、と思った。

 着替えようと事務所に入ると、バブリーなお姉さんが休憩をしていた。新人クン?と言われたけど、◯◯店から来ました、応援の小林です、と答えた。空いてるロッカー、トイレ、その他、色々な場所を、親切に教えてくれた。冷蔵庫も勝手に使っていいヨ、とのことだった。

 そこから勤務開始、これが、もう本当に信じられないのだが、お客さんがとにかく来ない。本当に来ない。一時間に一人でも来れば、いい方である。婦人服屋ではない、仏具屋でもない。薬局なのに来ない。お姉さんも、今日は暇ネ、と言いながらケタケタ笑っていた。たまに車が目の前の道路を通って、砂埃が舞うくらいだった。

 夜になると、お店の周りに明かりがなくなった。街灯がいくつか灯っていたけれど、弱々しくて夜の暗さには敵わないようだった。ふと、外に置いてある商品を並べに出ると、この薬局の異質さに気づいた。この薬局だけが、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいるようだった。店そのものが、深海を進む潜水艦のように思えた。

 おじさんは一人、倉庫でテキパキと仕事をしていて、私は潜水艦の操縦席に立って、たまにレジ打ち。基本的に棒立ち。バブリーなお姉さんは、オツカレ〜、と行って帰っていった。近くで明るい場所がここだけだからか、店内に蛾が数匹入り込んでいて、レジをやっている途中で、私の左の側頭部に当たって痛かった。蛾はぶつかると痛い。

 ヘルプ先のお店に来るお客さんって、みんな優しく見える。おじさんと二人で締め作業をして、ここでもおじさんの教える上手さが際立っていた。本日は応援ありがとうございました、と丁寧に頭を下げてくれた。私も負けないくらい頭を下げて、お礼を言った。

 駅までの帰り道、ふと振り返ると暗闇の中に薬局が佇んでいた。おじさんも帰るのだろう、電気が消える瞬間が見えた。街全体が真っ暗になって、そのまま眠りに就くようだった。(上手いね)


 




小林優希

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