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浮かび続けるんだフローター

酩酊22

 自分で自分の髪の毛を切りたいという衝動を、定期的に覚える。それは特に酩酊しているときに覚えやすい。
 先日も、自宅で一人でお酒を飲んでいた。誰かと飲み屋で飲むことももちろん好きだが、自室でちびちびとお酒を飲んで気持ちよくなることも好きである。自分一人しかいないなら、叫んで泣いても大丈夫だし、自室なら寝転がっても吐いてもOK、という考えが働くからかもしれない。
 そのまま衝動のままに、髪の毛を無茶苦茶に刈り上げた。巷で話題の、ツーブロックなんて洒落ているものではない。剃刀でゼロミリに刈り上げてしまった。もうどうなってもいいか、と思って眉毛も剃り落とした。翌朝まずいことをしてしまった、と気づいてアイブロウを購入したけどもう遅い。

 どっちが天井でどっちが床か分からなくなるくらいお酒を飲んで、お風呂に入ることが好きである。最近は疲れて帰ってくるといつもこれをやってしまう。酔っ払ってふわふわした状態も好きだし、水に触れること(海やプール、風呂など)が大好きなので、この酔っ払って風呂に入ることは私にとって何にも勝る快楽なのである。
 もちろん、危ないことをしているということは分かっているので、「酔っている」と言っても限度はある。本当に歩けなくなるくらい酔っ払ったら、流石に風呂に入りたいとは思えないだろう。酩酊してシャワーを浴びているときは、このまま溺れ死んでしまったらどうしようとも思うが、このまま溺れ死んでしまったなら、もうそれでもいいかなとさえ思えている。

 友人と居酒屋に行ってみたところ、何やらクジを引かされた。すると、「こだわり酒場のレモンサワー」の専用グラスが当たった。その場にいた三人全員が当たったので、「これ絶対うそじゃ〜ん」とケタケタ笑いあって住所を入力した。

こだわり酒場さん

 届いた。しかもお店で出てくるサイズより一回り大きい。早速買ってきた500ミリのこだわり酒場を注いだらちょうど良いサイズだった。本当に届くんだ。
 冷蔵庫でこのグラスが冷えている嬉しさに勝るものは、しばらくは見つけられないだろう。キスして眠りにつく。



選挙・投票所・小学校

 せっかく選挙権を持っているので、投票に行ってきた。投票前日に、さて誰に投票しましょうかね、と思って選挙公報を見てみた。具体性のない言葉を並べている人は即座に除外していって、こいつはいいかもね、と思う方針を事細かに掲げている人に投票することにした。

 投票所は私の母校である小学校で、もう卒業してから十年くらいが経っている。選挙のたびにこの小学校に来ているので、そこまで久しぶりだなという思いはしなかったが、今回ふと冷静になって考えてみると、記憶の中の小学校よりも校舎が、遊具が、花壇が、小さくなっている。
 小学校を卒業してから身長が三十センチくらい伸びているのもあるけれど、なんというか、ただ目線が高くなったというよりも、自分が巨人になってしまった、というような不可思議な感覚を覚えた。

 この十年の間に小学校の色々な部分も変わっていて、一番衝撃的だったのはプールの横に建ててあった、壁当て用の壁がなくなっていたことだった。
 当時は、あの壁に向かってみんながみんなボールを蹴ったり、投げつけたりしていた。よく、逸れたボールが壁を越えてプールの中に入ってしまって、その度に先生に謝りに行って取ってもらっていた。学校側がそのやりとりが煩わしくなったのか、壁が綺麗さっぱり無くなっていた。
 じゃあ一体いまの小学生はどこで壁当てをしているんだ、と思っていたら、プールの中に真新しいサッカーボールが浮いているのが見えた。やっぱり小学生たちは、ここで壁の幻影を追い求めてボールを蹴っているのだ、と思った。

 候補者名の名前を書くときに、書いている音で誰の名前を書いているか、会場内にいる人に推測されてしまわないか、と思って、あえて変なところで止めたり、不規則に書き順を書いて誤魔化したりしている。果たして、誤魔化す必要はあるのだろうか。
 投票したあとに、立会人?みたいな人に、お疲れ様でした、と言われた。紙ペラ一枚書いて何が一体おつかれなんだろう、と思って会場を後にして、また小さくなったグラウンドを見つめて家路についた。あそこであの教師に叱られたなあ、とか、あそこでアイツが転んで骨折してたな、とか思い出していた。




消えゆくタトゥー

 おしゃれ感覚で、一ヶ月で消えるタトゥーを入れてみた。ゴシゴシやっても取れないので、本当に表面の皮膚に入っているらしい。実は以前にも一度入れてみたことがあるのだが、その時は初めてということもあり、周りから見えない場所(腰と足首、肩)に入れていた。
 今回はもうどうなってもいいと思って、左手の甲にしっかりと見えるように入れてみた。デザインはABEchanさん(Instagram: @freedom_of_creation)のものを選んで、なんか可愛いからこれにしようと思って入れてみた。

タトゥーさん

 アルバイト中は手袋をつけているので、誰にも指摘されることはない。周りの同世代の友人たちは「いいね」といった感じの反応だった。わたしもとても良いと思っている。
 人前から見える場所にタトゥーを入れてみても、特に自分の中で何かが変わったとは思わない。タトゥーを入れるときに全く痛みが伴っていないのも影響しているのかもしれないが、何も自分の中で変われてはいない。

 左肩にもドクロにバラが巻きついているようなデザインを入れてみた。これはザ・タトゥーといった感じなんだけど、ちょっとおっかない(あと滅茶苦茶サイズがデカい)ので、ギリギリ半袖を着たら隠れる位置に入れている。
 昨日はアルバイト中に、あまりの暑さに肌着を脱いで半袖になってしまった。そして、すこしでも風が靡いたらめくれて見えてしまうんじゃないか、と心配しながら肉を切り刻んでいた。

 いま入れているこれが消えたら、もう当分はやらなくていいかなと思っている。銭湯にふらっと入れないのは、ちょっと嫌だからである。




洋子

 東京都写真美術館にて開催されている、深瀬昌久展に行ってみた。私は彼のことは全く知らなかったけれど、どうやら世界的に有名な写真家らしかった。
 インターネットとやらを嗜んでいたら、突然、とても魅力的な女性の写真が飛び込んできた。鰐部洋子さんだった。素敵な表情を浮かべて、地面に立ってポーズを決める洋子さんを、見下ろして写した写真だった。

 すぐに彼女の写真を観に行きたいと思って電車に飛び込んだ。飛び込むと言っても決して自殺などではない。勢いよく電車に乗ったことの比喩である。
 東京都写真美術館は恵比寿駅のすぐそばにある。恵比寿駅周辺はシックで独特な構造をしていて、少し行けば若者の街・渋谷があり、少し戻れば遊楽街・五反田があるとは思えないほど落ち着いている街だった。

 入り口では、洋子さんの大きな写真が来訪者たちを出迎えてくれていた。チケット売場で、学生ですか、と聞かれたので、咄嗟に「はい」と言いかけて口をつぐんだ。もう学生ではない、ただの二十二歳のフリーターである。一般です、と絞り出してチケットを受け取り入場した。

 洋子さんを深瀬が写していた時期は、彼のキャリアの中でも初期のほうだったそうだ。場内に入ってすぐに、洋子さんの写真が飾られていた。これはインターネットで調べた程度の知識だが、洋子さんが深瀬と知り合ったのは、彼女が二十歳だったときのことらしい。今の自分より歳下とは思えない表情の洋子さんを眺める。

 屠殺場で洋子さんが写されていた。吊るされた豚たち、積み重なった豚の頭。ポーズを決める洋子さん。次は花嫁姿で煙草を吸う洋子さん。そして二人で住んだ団地の窓から、深瀬は出かける洋子さんを毎朝見下ろした。いつも異なる素敵な格好で、深瀬に笑顔を見せて見上げる洋子さん。モノクロの写真なのに、どれにも色がついているように見えて仕方なかった。
 
 私は深瀬昌久に興味はなかったのに、会場内を進んでゆくほど彼に惹かれていった。しかし写す・写される関係として生活するということは、私の想像を越えるほど難しいものらしい。洋子さんと深瀬の間には修復できない溝が生じてしまい、彼女たちは離れることになった。

洋子さん

 それから深瀬は写真に写す対象を変えていった。洋子さんを写し、家族を写し、カラスを写し、愛猫を写し、風景を写して、自分を写した。
 晩年の深瀬は「ブクブク」という作品を撮っていた。風呂に潜って自分の写真を撮り続けた作品群だった。チープな表現をするなら、狂気。自身の周りにある、撮影する対象を順番に失っていって、袋小路に追い詰められた写真家が最後に選んだのは、自分だった。
 そして酒に酔って行きつけの店の階段から転落して脳に障害を負い、活動を中断。そのままカメラを持つことなく二十年後に亡くなった。

 今回の深瀬昌久展を観て、彼が結果的に人生を通して崩壊を写したのかなあと思った。そんな創作者はいっぱい居る、と言われても仕方ないかもしれないが、写真家の一人も知らなかった私にとって、彼の存在は新鮮なものであった。

 今までは写真家といえば、戦争の写真か、動物の写真を撮っているというイメージがあった。しかし彼のように、自身の周辺にある対象を、生涯を通じて生々しく取り続けた作家がいることを知った。

 写真というものは、冷静に考えてみれば素晴らしい発明だが惨たらしい。存在しているものをそのまま写し出す、美しいものは美しく、醜いものはそのままで、家で眠っている家族のアルバムもその一つであると思った。
 私は初めて、自分も写真を初めてみたいと思うようになった。いま自分の周りに流れている時間を、そのまま写したい。美しいものは美しく、醜いものはそのままで、写してみたいと思うようになったのである。






小林優希

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