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『アイドル智美・因果応報』 プロローグ

身長154 cm・体重37.5 kg、B80・W56・H78

 東京のオフィス街に巨大な自社ビルを構えるサンライズテレビ。その地下一階の喫茶店の一番奥の席で二人の男たちが話をしていた。
「全く偉い目にあったよ。掲示板に批判が殺到して収集付かないんで、一時的に閉鎖したんだよ。スタッフにも色々言われるし」
 渋い顔をしてぼやいているのは市倉文博、サンライズテレビの歌番組『ミュージックトレイン』チーフプロデューサーである。ポロシャツにジーンズ、首から提げている顔写真入りのIDカードがいかにも業界の人間らしい。
 市倉がぼやいているのは、前日番組に出演させたABC26のメンバー坂田智美についてだった。ソロデビュー曲『My Dear K』は初回出荷で十五万枚を記録するなど順調に売り上げを伸ばしており、満を持して『ミュージックトレイン』に出演のオファーを出したのだが、そのパフォーマンスに番組終了直後からホームページの掲示板に批判的なコメントが殺到したのである。
 「うちは生歌が基本なんだよ。まあ去年の紅白見てあれならと思ってOKした僕にも責任はあるけど、アレじゃバレバレだよ。口パクもまともに合わせられないようじゃ話にならないよ」
 「全く申し訳ありません」
 平身低頭で謝っている黒縁めがねの男は夏本靖。アイドルグループABC26の総合プロデューサーである。見た目は冴えない普通の中年男だが、ビジネスチャンスに対する嗅覚は並外れたものがあり、一部マニアのアイドルに過ぎなかった素人集団のABC26を国民的アイドルグループと言われるまでに押し上げたのは夏本の能力に寄るところが大きい。最近ではABC26からいくつか派生ユニットも展開させ、成功を納めている。
 「おまけに自分の出番が終わったからって、あのやる気なさそうな顔はないよ。席が戸森さんの後ろだったから、ゲストのインタビューの時にはどうしても写っちゃうんで、顔をカメラから外すのに苦労したんだよ」
 市倉は吸っていたたばこをもみ消すと更に続けた。
 「中心メンバーなのは分かるけど、ソロにするならABCでもアレよりましなのは他にいくらでもいるだろう。夏本さんにしては珍しい失態だな」
 「前からソロでやりたいってしつこく言われてたんですよ。そこへ枕を持ちかけられてつい乗っちゃっのが不覚でした」
 市倉の皮肉に面目なさそうに頭をかく夏本。
 「正直私も苦労したんですよ。一応バラード系の曲を用意してたのに、かっこいい曲にしてくれとか言い出して…新しく書き直したんですから」
 「生でまともに歌えないくせに対したタマだな。そのうちABCから抜けてピンでやりたいとか言い出すんじゃない」
 「本人はもうその気ですよ。せっかく中心メンバーとしてそれなりのポジションにいるのにねぇ」
 そう言うと夏本は残念そうにため息を吐いた。
 「勘違いしちゃったんですね。こっちでお膳立てしなきゃ何も出来ないのに」
 「ところで…枕は良かったの」
 市倉はちらりと周囲に視線を走らせると、抑えた声で訊ねた。
 「どこで教わったのか口はなかなかでしたけど、後は殆どマグロでしたね。正直期待はずれでしたけど、乗っちゃったから…」
 「お待たせしました。市倉さん、夏本さん。お疲れです」
 夏本が話をしていたところへ紺のスーツを着た青年が入ってきた。
 「おお、来た来た。原田君。お疲れさま」
 気が付いた夏本が立ち上がって青年に手招きをした。
 「遅れて済みません。あ、僕アイスコーヒーで」
 注文を取りに来た店員にオーダーすると、青年は席に着いた。原田和久、田辺芸能プロの社員で、ABC26のメンバー坂田智美のマネージャーを担当している。
 「じゃ全員揃ったことだし始めようか」
 市倉がおもむろに切り出した。
 「今度のことは事務所の了解が出てるの」
 「社長に確認しました。二つ返事でOKでしたよ」
 原田はニッコリ微笑むと軽くポンと胸を叩いて言った。
 「そんな簡単に?相当事務所でももてあましてるんだな」
 「この前他局でも他の歌手のインタビュー中の態度があまりにもやる気なさそうで目に余ったんでちょっと注意したら上の方から呼び出されて…」
 「その節は迷惑を掛けたね」
 原田に対しても頭を下げる夏本。
 「でも夏本さんが入ってくれたお陰で上も実態を分かってくれたんで。それで今回もOKが出たんですから」
 「確かに上に取り入るのはうまそうだな」
 「うちは他にも何人かABCのメンバーが所属してますけど、反感買ってますよ。ソロデビューのこともそうですけど、彼女一人だけ家まで車送迎ですからね。何様のつもりだって」
 怒気を含んだ口調でまくし立てる原田。
 「原田君も相当溜まってるな。まあいつもそばにいなきゃいかんから、大変なのは分かるけど」
 「ええ、でもそれも明日で終わりです。会社の方からは特別手当と思って楽しんでこいと言われちゃいましたけど」
 原田は苦笑して頭をかいた。
 「でも夏本さんにしたら、また主力の一人を失うのは痛いだろう。いいのかい」
 市倉が念を押すように夏本に訊ねた。グループ内での人気が特に高い『七人の女神たち』と言われている主力メンバーから前田敦美が卒業し、信田麻理子も五ヶ月後に卒業を控えている。
 「個人的には理解できないけど、一応CDも売れてるようだし」
 「ええ、でもこのままじゃ他のメンバーに悪い影響を与えますし、今後の展開にも支障が出るかも知れない。それに…」
 夏本は残っていたコーヒーを飲み干すと言った。
 「私自身も彼女のわがままに結構鬱憤が溜まってますから」
 「じゃあ、この企画ありがたく乗せて貰おうか」
 「市倉さん、その代わりと言っては何ですが、ABCの方は今後もひとつ宜しくお願いしますよ」
 「そう言うところは抜け目がないな」
 市倉は苦笑して言った。ABC自体所詮素人の集まりだが、人数が多い分まだごまかしは利く。
 「じゃ、成功を祈ってビールで乾杯しようか。マスター、ビール三つ持ってきて」
 「喫茶店なのにビールがあるんですか?」
 原田が意外そうな顔をして市倉に尋ねた。
 「居酒屋じゃないから、グラスだけどな」
 程なくマスターが、グラスに注いだビールを運んできてそれぞれの前に置いた。
 「じゃ、明日の成功を祈って」
 三人は軽くグラスを合わせて乾杯した。

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