見出し画像

一昨日の無話

 うちな、えらい昔から好きな本あんねん、と女。なんの本、と聞いたらもう電話いじって聞いとれへん。まあええわ、口に出さんと心で思ってアイスコーヒーをすすったら氷が溶けてコーヒー風味の水なってしもてる。次どこ行こか。なんか雨降りそうやな。これもすっかり独り言となっていて何気に自分も電話を見る。ええ、と女の大きな声。どしたんと聞いたら有名人のスキャンダル、どうでもええわと内心おもていや、ほんまにどうでもええんかな、これはこの女の対人コミュニケーションの適当なところを半ば恨めしく思って同じ感想を持つことを避けたいがためにどうでもええと思うようにしたんかな。それも込みでどうでもええわ。ほんでそっからきいついたら30分くらい無言が続いた。一昔前ならこんなデートあり得へんかったんちゃうかな。それかお互い漫画や雑誌やらをぱらぱらと、たばこをふかして30分なんてこともあったんかな。90年代前半のバブルがはじけた後の荒廃感やら若者の反発やらを夢想。就活氷河期という言葉にぶち当たった時にさすがにしびれきらして行こ、とあてもなく店を出た。行こいうたら案外あっけなく電話しまうねんからもっと早よしまうタイミングあったやろ思いながら。
 道玄坂、平日の秋は黄昏、とはいうてもビルのせいで空はほとんど見えずなんもええ感じはしやんねんけど、そこを20代後半から30代前半くらいのばりばり働いてそうな年齢の人がなんとも言い難い顔して歩いてる。わりかしゆっくりと。何してる人なんやろ、もうそういうのを口に出すんはとうにやめた。まだ17時になる前やったけど晩飯を食べるのはなんかなあという感じやった。さっきのカフェのあたりから。気持ち的にも、財布的にも。109の辺りまで下ってきて何線なん、と聞いた。銀座線やけど。ええ、と内心。僕井の頭やからここで、と言うて1人にしてええもんなんか、素っ気なさすぎるんかそれは。とか考えてたらロクシタン、なんも言えんとスクランブル交差点を信号待ち。と、ぽつり。一滴の雨が脳天を直撃したような気がしたと同時に口突いて雨降る前に帰ろかあとちょっと惜しそうに言うてみる。そうやねえと生返事。TSUTAYAのほっそい電光掲示板にニュースが流れてくるのを女眺めとおる。株価が○年ぶりにどうのこうの、目線を同じ方向にやりながらも一回信号待ちしてるからさすがに井の頭やからあっちやわとは言えずに交差点を渡る。会話が無いのもなんか居心地悪うてまた晩御飯も、と言うてしまう。うん、行こうとなんら行く気無さそうなのがそれはそれで。交番のあたりで解散して、TVか YouTubeか分からんごっついカメラ持ってる人を横目に気付いたら足取り明日の神話。誰も目を向けんと黙々と耳にイヤホンさして歩いていく。なんで俺を見いひんの?と絵の中央の像が首を傾げてるよう。後ろ振り返ったらガラス張りのキャンバスに橙と藍のコントラスト。そこに歯ブラシに絵の具を付けてしゃっとやったような斜めの雨が降り出した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?