見出し画像

リゾバの地獄


リゾートバイト、略してリゾバ。
「リゾート」という魅惑的な響きと、おそらくこの一生で最後の自由な夏休みという私情も加わって、ゴキブリホイホイにかかるゴキブリのように短絡的に甘い罠に引っ掛かりに行ってしまった筆者は、群馬県嬬恋村で地獄を見た。

ドロドロの職場関係

人間関係ほど面倒くさいものはない。どっかの偉い人が「人の悩みの9割は人間関係」と明言したように、人の世に生きる限り、面倒くさい人間関係を乗り越えなければいけないのである。

さて、舞台はイナカのマンナカ、バブルの栄華と共に建てられた年季入りのホテルレストラン。10人しかいないウェイターサービス。狭いコミュニティにはドロドロとした人間関係がつきものである。片栗粉が3倍入ったあんかけぐらいどろどろしている。

サービスの人間の会話内容はいたって単純である。半分が業務連絡、そしてもう半分が愚痴、文句・悪口である。

「○○ほんとポンコツ、働かない」
「○○がまたさぼってたばこ吸いに行ってる」
「○○が俺に言わないで上司に文句直訴しやがった」
「お金もらってんだからもう少しはたらけよ」
「シフト○○と○○といっしょだわ。最悪。」
などなどである。

これが悪口を言われている当の本人が来るとみんなコロッと態度を変えてニコニコしているのだから不気味なのである。そしてまた別の人の噂で盛り上がるのだから面白い。

「○○が息子から彼女を別れさせたらしいよ」
「えーやばすぎ」

ただ擁護すると、職業柄、人を相手にする接客業はストレスがたまりやすい。これに加えてウェイターは、同僚、気の短いシェフのじいさんたち、経営を統括する管理事務所からもいろいろ言われるので、ストレスフルな四面楚歌で頭がやられてしまう。

だから適宜吐き出して置かないといつか噴火してしまう。実際、昨年実習に来た調理学校生などはメンタルを病み、休憩室の暗闇でひとり奇怪な言葉を発していて周囲を恐怖に陥れたらしい。

悪口を言うのも、言われるのも、みんなお互い様なのかもね。

職場のおばちゃんにもらったもろこし。砂糖注入してるんじゃないかと疑うほど甘い。
毎日10時間弱働く疲労を回復してくれる。

盗み食いの極意

1か月のリゾバで何を最も鍛えられたかというと、ずばり盗み食いの技術である。人間関係で溜まったストレスを発散するには、何か楽しいことが必要である。そして楽しさとスリリングさは表裏一体。盗み食いほど楽しいものはない。

週多くて7日、1日で室内を2万歩以上歩き回るウェイターの仕事は、想像以上にカロリーを消費するものである。そこで腹が減ったら、バイキングの残りものをこっそりつまむのが経済的に一番良い。狙い時は客が帰った後の料理を下げるタイミング。これに毎日命を懸ける。実に安い命のかけ方である。

ここで大切な技術が2つある。いかに人の目を盗めるかと、いかに早食いできるかである。

人の目を盗むのは、コツを掴めば案外いけるもんである。ウェイターの数が少ない時はこっちのもんで、他のウェイターが調理場まで料理を下げている間がベストタイミングだ。ウェイターが多い場合は少し厄介だが、カートの下段に料理を積むふりをしてしゃがみこみ、台の影を利用して食べ物を喉に押し込むのである。シュウマイやシュークリームなどは一口サイズで大変ありがたい。つまみ食いで得た摂取カロリーの7割くらいはこいつら由来である。一口大じゃない食べ物は、表と調理場の境目にある3mくらいの緩衝地帯をカートで通り過ぎる際につまむ。料理が思ったより熱かったりして、意味もなく30秒くらいうろうろすることもある。怪しまれないようにするのが鍵である。

より難題なのが、早食いである。これには技術というより、気合で乗り切る部分が大きい。早食いはつまるところいかに咀嚼を省略して飲み込めるかであるが、食べ物を味わわずに嚥下するのは食べ物に大変失礼だと思うので、ある程度までは頑張ってもぐもぐする。そしてサーバーに向かって水(いつでも飲んでよい)を飲み、咀嚼物を一気に流し込むことで万事解決である。
ただ成功率は100%ではない。もぐもぐしたままお客さんのいる表に出たのがばれてしまい、2回注意された。これにはさすがに反省した。しかし生かしてこその反省である。懲りずに技術に磨きをかけていき、精度を高める。

噛まずに飲み込むことを繰り返したせいで胃腸に負担がかかったのか、ある朝突然腹を壊した。差し入れのヤクルトを2本一気飲みして、腸内に善玉菌を送り込んで乗り切った。

エビチリは盗み食いの難易度が高い部類である。

カレーを茶碗で食う台湾人

インバウンドで湧く日本の観光業だが、ここ嬬恋にも彼らはやってくる。万座温泉や軽井沢の近辺の宿泊施設として利用される。

インバウンドの9割は台湾の団体だ。彼らの目的は単純で、腹いっぱい食べれればよい。カニを山盛り食べるのと、お盆を使わないで皿をたくさんテーブルに並べて食べるので、帰るころにはテーブルがお祭り状態である。人はとても親切だ。

韓国人には、「ネー、カムサハムニダ(はーい、ありがとうございます)」と永遠に繰り返していれば十分接客できる。彼らは酒を飲めればよい。焼酎とビール、ワインを机の上においておけば後は酔っぱらって帰るのを待つだけである。ただ、持参したスイカを調理場でカットしてくれという注文には皆閉口した。そこで注文してきた韓国人のおばさんガイドには靴がブランドから「Diorのババア」というあだ名がついた。

変な注文やクレーム、特徴的な外見をしているとすぐ裏ではあだ名がつけられるので、みなさんにおかれてはぜひ気を付けて頂きたい。ちなみに他には「ZAZY」などがいる。

あと残されたバースデーデザートのプレートを見て「『みつゆき』という名前でろくなやつはいない」と言われたりするので、誕生日にレストランに行くときは偽名を使うかデザートは名前の所までちゃんと食べておこう。

ちなみに小学校の校長がみつゆきという名前だったが、就任一年目までかつらをかぶっていたのを途中から外してから、テカテカの親切な校長として親しまれていた。みつゆきにもろくなやつはいる。

ちなみに日本の客ほど世話の焼ける客はいない。食事のクオリティだけでなく、レストランの雰囲気やウェイターの動作をいちいち気にするので、こちら側としても対応に手を焼く。繊細な日本人と言うが、鈍感さもある程度は必要な気がする。

朝7時から酒が飲めるシステムがある。朝から酒なんか飲むな。

お客様は「神様」なのか

「日本の接客業はスゴイ」とよく取り沙汰される。良く言えば客のニーズに真摯に応える、悪く言えば絶えず顔色を伺う日本人からすればサービス業は向いている仕事なのかもしれない。

ひとつ感じたのは、お客さんの前では自分の存在をできるだけ小さくするのが日本の接客のやり方である。ひたすら受け身になってお客に寄り添う。そこには自分の強い主張は介在してこないのである。店員との衝突が存在しないから、我の強い外国人にとってはサービスがよく映る。ただ店員と客には明確な線引きがあるから、店員さんと仲良くなろうとしても、うわべの会話はあるとしても立場が変わることはない。ここが少し寂しいところでもある。

比較対象としては弱いが、中国の地元の商店などは、レジ横で腹を出しながらドラマを見てるおじちゃん店員などがざらにいる。寝てるやつもいる。中国に限らず、アメリカや韓国など日本を出ればみなのんきそうに営業しているのである。お客さん対しても、あくまでも普段の会話の延長線上としてカジュアルに話す人が多い。買う側も売る側も、対等な関係性なのである。

どちらのサービスが良いかは別として、少なくとも客も店員もどちらもリスペクトをもって接するというのがストレスフリーでサステナブルなサービス業なのではないだろうか。

ただもうリゾバはやらん。

10年くらい見てないホタルを見るべく40分歩いて来た。
夜になると真っ暗で、草むらから獣の呻く音とガサガサやってくるのが聞こえた。身の危険を感じ一心不乱に逃げ帰ったので、ついてホタルは見れなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?