ゆるめる努力
この自粛期間中、気分の上がり下がりがとにかく激しかった。
めっちゃがんばるぞー!!!!と仕事にめちゃくちゃ燃えてる日もあれば
あー具合がよくない、なんにもしたくない…と空っぽになる日も。
そんな風に、上げては下がり上げては下がりを繰り返していくと自分で自分の取り扱い方がよくわからなくなってしまって、毎週月曜に書こうと決めたnoteもなかなか更新することができなかった(言い訳…ごめんなさい)
前提として、自分との約束を守ることは日々の生活において、とても大事だと思う。
対自分というのは、どうしてもおざなりになってしまいがちだからこそ、自分が決めたことをしっかりやれたときに得られる達成感は何物にも代えがたいし、そうやって自分が決めたことを頑張れた時は、自分のことをちょっと好きにもなれるから。
だから、ほんとだったら決めたことはちゃんとやりたいとは思っている。
でも気持ちが乗らない時もあれば、しんどいときもある。
どーーーーしても何もしたくない時もある。
そんな時は別にそれはそれで仕方ないし、それでもまあいっか、と最近は思えるようになった。
振り返れば数年前までの私は無意味にストイックで、自分で決めた自分ルールにめちゃくちゃ縛られていた(笑)
例えば
「つかれたっていう言葉を言わない」
「愚痴とか弱音はださいもの」
「がんばったかどうかは自分じゃなくて人が決めること」
みたいな。。。。
そういう行動により得られるもの、ひとつひとつの意味を深くは考えていたならまだしも、単純にそれがかっこいいと思っていたというとてもくだらない中二的思考で、今振り返ればなんでそこまでして自分を追い込んでいたんだろうと、めちゃくちゃ謎である。
今なら別につかれたらつかれたって言ってもいいし、泣きたければ泣いたっていいと思う。がんばったときはがんばったぞー!って言ってもいいし、あわよくば褒めてほしいきもちにもなる。だってそれが普通だから。思ったことを思わないようにするとか、その時したいことをしないようにするほうがよっぽど苦しい、、というか不自然。
でも、よくわからないけどだれからも強要されてないに、謎の見えないがちがちのルールに縛られていた。それが頑張るってことなのだと勘違いしていた。
その時はもちろん自分自身も苦しかったし、それに加え、その変な慣習が”普通”だったゆえに、周りにも同じようなスタイルを求めるようになっていて、心は常にピリピリ。人としてすごく未熟だったなと思う。
だれかのつらさとか大変さは、人の物差しでは測れないものなのに、自分の当たり前を他人にもぶつけてしまっていて当時の自分はとても愚かだったと数年たった今になってとても反省している。
そういう反省を経て、
「あれ、こうやって無理することで誰が幸せになってるんだっけ?」と気が付いた。そこから考え方が変わった。
まず自分の直感に従うようになった。これはとても大きな変化だった。
対人関係でも、業務に取り組む中でも、違和感を覚える事柄に対して素直に向き合うようにした。自分の直感ほどあたるものって実は他になくて、それを無理しておしすすめても良い結果にならないという経験が重なっていくうちに、一番大事にすべきものは「自分がどう感じるか」「自分の美意識に沿っているか」という点なんじゃないかと思えるようになった。
だから感情を押し殺さないこと(無意味に他人にぶつけるとかそういう意味ではないよ)、ちょっとでも気持ちが乗らない時は、その気持ちを見てみぬふりをせず”気持ちが乗らない”という状態に着目するようにしてみた。
そして時には言い訳することも覚えた。
どよ〜んとしたことがあってもやもやが続いていたら、昔の自分だったらどうにかしてその気持ちを明るい方へ明るい方へと変化させようとしていたと思う。
でも今は
もしかするとそれは、生理だったからなのかもしれないし、満月だったから なのかもしれないし、雨が降ってたからなのかもしれない。理由はわからないけどなにかのせいでこうなっちゃったのかもな、ってくらいラフに考えるようになった。
自分が考えても考えてもなんだかもやもやしていて、抵抗出来ない何か気持ちがやられそうになったら、とりあえずなんかのせいにしちゃってもいいんだと思えるようになった。
落ち込むことがダメなこと、元気でいられない自分が弱い人みたいに思う必要はないよねって。
生きてる毎日で起こりうるあらゆることにすべて全力で正面突破してたら身が持たないから。
がんばることはどんなシーンにおいても必要だとは思う。
でも力の入れる場所、入れなければいけない場所、手を抜いていいところ、それを見極める力も必要だ。
今の私はゆるめる努力をすることでもっと日々が生きやすくなればいいなと思っている。
ストイックな生き方も素敵、たくさん頑張ることができる人もとても立派。
でも私はちょっとそれには疲れてしまうということが分かったからもし同じように頑張りすぎている人がいたら、どうせならゆるめる努力を一緒にがんばってみましょ。
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