泣けるほど綺麗な夕日だった。

遠くの空の大きな雲は朱色に染まって、もうすぐ今日が終わる事を知らせていた。

別れの際に涙を見せない人間を強い人と見るか、薄情な奴と見るか、周りはどうあれ、僕には前者に見えた。

姉は昔から強い人だった、涙を流す姿は見たことがなくて、迷いのないような真っ直ぐな瞳が印象的な人だった。
「叔父さん、すごい顔で泣いてたね…」
式からの帰り道、口を開けたのは姉からだった。

「彼の事、だいぶ気に入ってたみたいだったからね、誰よりも二人の事応援してたし」

「あたしが泣かなかったのに、あのおやじ…これじゃあたしが血も涙もない女みたいじゃんか」

…姉が自分のことを悪く言う時は、我慢をしている時だ。

悲しさを、寂しさを、後悔を。

「…そうかな」

「ん?」

「僕は、姉さんがそんな女には見えなかったよ」

励ましで言っていないことを、姉は気付いたようで、真っ直ぐ前を見たまま答えた。

「どうして?」

「姉さんは、昔から強い人だった、何があっても逃げずに立ち向かって、それがかっこいいと思った。」

「けど、僕も大人になって、大切な人が出来てから気付いたんだ、ただ守りたかっただけなんだって、自分じゃない大切な誰かを、自分の痛みも忘れるくらい、その人の傷を代わりに受けようとしてたんだって。」

「だから、あの場でも泣かなかった、傷を受ける覚悟をしてたから。」

朱色に染まった夕日が、姉の顔を優しく照らしていた。

「…姉弟っていうのは厄介だね」

そのあと、姉はゆっくりと語った。

「あいつはね、初めて会った時から変な人だったんだよ、私を見つけては、大丈夫ですか?って、何にもしてなくても、いっつも心配してきて、それであたし聞いたことがあるんだよ、そんなに弱そうに見えますか?って、そしたらあいつは、逆です、いつも不思議なくらい強い人に見えるから、もしかしたら何か無理とか、我慢してるんじゃないかなって思ったんです、って言ったんだよ、そんなこと言ってくる人なんて今までいなかったから、びっくりしたな…それから、何度か二人で話すようになって、ご飯にも行って、そしたら、この人と結婚したいって思ったんだ。」

こんなに自分のことを話す姉を見たのは初めてだった。

「そっか、優しい人だったんだね」

彼のことを話す姉の姿は、悲しむような、懐かしむような、複雑な表情だった。

「そうね、でも、やっぱり不思議なやつだったよ」

「うん、それは何となく分かる」

綺麗だった朱色は、少しずつその面影を消していき、辺りは夜を迎える準備をしていた。

帰路が終わりかけ、主が一人足りない家に着く頃、姉が静かに呟いた。

「私、自分が思うよりもずっと、あの人に恋をしていたんだな…」

姉の顔は見なかった。

家に入り、すぐに姉は部屋の中に入っていった。

なるべくその姿は見ないように、扉が閉まるのを待っていた。

しばらくして、咽び泣く姉の声を初めて聞いた。

朱色の面影はもう完全に消えていて、静かすぎる夜が僕たちを包み込んでいた。

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