中村直人・倉橋雄作「コーポレートガバナンス・コードの読み方・考え方」(第3版、商事法務、2021)読了

前提:コーポレートガバナンス・コードについて

 今回の書籍のテーマであるコーポレートガバナンス・コード(参考/以下「CGコード」)についてはご存じでない方もいらっしゃると思われるため、簡単に概要をまとめました。知っているという方は読み飛ばして下さい。

(1)コーポレートガバナンスとは
 コーポレートガバナンスとは「企業統治」と訳されるのが通常ですが、そもそもこれは何を意味するのでしょうか。CGコードを策定した東証は、コーポレートガバナンスについて以下のように定義しています。

本コードにおいて、「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。(CGコード1頁)

 所有と経営が分離した株式会社において、時に経営陣は企業価値の最大化よりも自らの利益を最大化するために働くことが考えられます。これに対し、株主が企業価値の最大化に努めない経営陣を監視し、その行動を制約することは必ずしも容易ではありません。こうした状況下での企業価値の損失―経済学では「エージェンシーコストが生ずる」と言います―を回避、減少させるための仕組みとして、株主利益を代表する取締役会等による経営陣の監督(=「モニタリング」)の強化や、業績連動報酬の導入によって経営陣に企業価値を向上させるインセンティブを付与すること等が考えられます。

 また、以上のエージェンシー問題とは別に、企業は社会的存在であり、株主の利益だけではなく、債権者や従業員、消費者のほか地域社会等の利益をも考慮すべきであるという「企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)論」に基づく、企業の社会的活動の要請もあります。 

 「良い」コーポレートガバナンスとは、上記の仕組み・要請が有効に機能し、経営陣が株主をはじめとする利害関係者(ステークホルダー)の権利を尊重しながら、企業価値の最大化を目指して経営活動を行う状態と言えそうです。

(2)どのような事項がCGコードに規定されているのか
 CGコードは「実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたもの」であり(CGコード1頁)、その内容は基本原則、原則、補充原則の3つに区分されます。即ち、コーポレートガバナンスにおける重要事項である①株主の権利・平等性の確保、②株主以外のステークホルダーとの適切な協働、③適切な情報開示と透明性の確保、④取締役会等の責務、⑤株主との対話を基本原則とし、5つの基本原則それぞれについて原則・補充原則による細分化・具体化を図っているのです。

(3)CGコードの「適用」-従わないとどうなるのか
 CGコードの適用対象は全ての上場会社であり、市場の区分によって適用される原則の範囲—「基本原則」のみの適用か、「原則」「補充原則」を含めての適用か—が異なります(なお、2021年改訂では東証の市場再編との関係でコードの適用範囲も大きく変更されています)。

 では、CGコードの適用を受ける企業が各原則(を踏まえた具体的な取り組み)を実施しない場合、どのような措置が採られるのでしょうか。実はCGコードには原則の不実施それ自体に対する罰則がなく、当事者である企業は原則を実施するか、実施しない場合にはその理由につき適切な説明をすればよいことになっています(="Comply or Explain"の方式)。
 例として、以下の大和ハウス工業の説明をご覧ください(引用元:ウェブサイト(2021年7月15日更新)・PDF(32頁参照))。

大和ハウス

 補充原則1-2③は、いわゆる集中日における株主総会開催の回避に向けた努力を求めるものです。大和ハウス工業は、現状において決算業務との兼ね合いで日程前倒しが困難であること、日程を調整しつつ同規模かつアクセス容易な会場を確保できないことを原則不実施の理由として挙げています。

 こうした説明がなされる限りは東証の実効性確保措置(公表措置、改善報告書の徴求、特設注意市場銘柄への指定など)の対象となることはない一方で、各原則を実施せず、かつその理由を説明しない場合にはじめて実効性確保措置の対象とされます。

読了者の予備知識と書籍選定理由

・コーポレートガバナンスについては企業法務に興味を持ち出した頃からちょくちょく調べており、また企業法務に関するロースクールの授業でCGコードが取り上げられていたことから、少し復習すれば上記の概要を書ける程度には知識がありました。

・著者の先生方が過去に執筆された「コーポレートガバナンスハンドブック」(商事法務、2017)は、軽く読んだこともあります(が、内容の濃さとページ数の多さにより途中で読むのを断念しました…)。先日CGコードの改訂があったこと、及びこの本が出版されたことを知り、前回のリベンジとして読むことにしました。

レビュー

・約260頁で、4時間程で読了しました。後述する通り逐条解説に近い構成であるため通読するものではないと思いますが、簡潔明快な説明が多く非常に読みやすかったです。

・本書は2部構成となっており、第1部の総論ではCGコードの策定・改訂の経緯やコード全体に通底する考え方、CGコードを受けての実務上の対応方針を説明しています。そして第2部の各論では、基本原則・原則・補充原則や対話ガイドラインのそれぞれについて読み方を解説すると共に、求められる実務上の対応や有価証券報告書・コーポレート・ガバナンス報告書(適時開示制度の一環として、上場会社がコーポレートガバナンスの状況について証取に提出するもの)で記載すべき内容等について、実際の開示例を踏まえて論じています。

・前述の通り2021年6月にCGコード等の改訂があり、本書の再改訂の契機となっています(改訂部分の解説・実務対応を整理したものとして、資料版商事法務448号(2021年7月号)10-26頁が参考になります)。
本書では、2021年改訂で実務対応が特に求められるポイントとして「取締役会の機能発揮のための社外取締役の更なる活用」「サステナビリティを巡る課題への取組み」の2つを取り上げて実務対応の方針を示すと共に、改訂部分の解説等でも開示事項を丁寧に検討しています。特に、取締役の選任に関するスキル・マトリックス(各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したもの)の開示については非常に詳細な説明がなされています。

・CGコードはあくまで基本的な原則を示しているにすぎず、これを踏まえて具体的にどのような取り組みをすべきかは企業の判断に委ねられています("Principles-based Approach":原則主義の採用)。そのため、開示例を紹介しつつ実務上の対応のあるべき姿を論じている本書は法務の担当者にとって非常に有益であるように思われます。


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