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芦花公園駅と片腕がない人


片腕がない事を認識するのにそれなりの時間を要した。
二人で長物のパイプを運搬している時だった。

ニュースやSNSの速報ばかりを気にして
不安になる気持ちを差し引いても午前の現場が三十分で終わり少し気分が良いので次の現場に向かう電車内でまた懲りずに書いている。
誰も武器は所持していない。
僕はヘルメットとカッターナイフを所持している。

いつも通りその日も夜勤現場に入っていた。
四人現場の駅工事、解体された廃材をトラックに積み込む作業だった。
先方には長物が割とあるから運搬時は二人でお願いねと念を押されていた。

廃材が集積されている場所を覗いてみる。
確かに重量物も割とあるが概算で一時間半もあれば終わりそうだった。そして四人で盛り上がった。
これが僕が働く日雇い現場(バイト)の恒例となっている。

やり終(じま)いと言って終われば帰れる現場だと
まず分量を確認しその後、如何に早く終了できるか模索し一喜一憂しながら作業を行う。

それぞれ汗水を垂らしながら最善を尽くす。
全ては早く上がるため、僕らはもう同志なのだ。

まず、二人一組で長物を運搬する段取りとなっていた。
その日は僕が現場のリーダーだったので少しばかり意地を張ってより重いものを率先して運ぶようにしたし二人で運搬する際も負担が掛かる方を担当するようにしていた。
いや、早く終わらせたかっただけである。

幾つか転がっていた長物のパイプを二人で運んでいる時に判明したのが一緒に運ぶ相方の片腕がないと言う事だった。

暗い所で作業していた事と冬で防寒着だったので着膨れしているせいもあってかそれまで全く気づかなかったのだ。

トラックのドライバーのおじさんが
「三人に感謝しないとね」
と嫌味のような事を言うので憤りを覚えたが

すぐさま集積所に引き返しながらも気にせずに物を言えるおじさんに対して少しばかり感慨していたのも事実だった。
そう言う場合、腫れ物に触れるような対応を取ってしまう僕があるからなのかもしれない。

だが、そんな事を彼は微塵も感じさせないほど作業をこなしていくし、触れられたくはないようだった。
現に先まで気づかなかったのだから
普通に接するのが一番だと思った。

普段は昼に事務仕事をやっているらしく、週末や調子の良い平日に夜勤に入ると教えてくれた。

「なんでそんなに働くの?」と彼に訊くと
「近々、彼女と旅行に行くんでその為にお金を貯めてます」と嬉しそうに言った。

彼の事をたまに思い出す。

それ以降は全く現場で一緒になった事は無いのだが
コロナ以前であったし、現在はどうしてるのか?
また会ったら旅行の事も聞いてみたいし、また話してみたい気持ちもある。
だが、きっと彼は僕の事を微塵も覚えてないだろうと思う。

その日、僕が学んだのは腫れ物に触れるのが全てでは無い事と、芦花(あしばな)公園ではなく

芦花(ろか)公園と読む事だった。

その後は始発がないので一時間半掛けて下北沢まで
歩いて帰った。

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