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4 「普通のこと」となった男性の化粧(2001年から2005年)

 2000年代前半は、ニオイケアに続き様々な化粧が男性に定着した時期である。
 2004年2月号89ページ「そのケアちょっとまった!プロがわかりやすくレクチャー 冬のスキンケア新常識・非常識」では、「コラム:スキンケアの実態」と題し『メンズノンノ』読者150人にアンケート調査を行なっている。このアンケートでは、「使っている化粧品は?」という質問に対し「洗顔料のみ30%、洗顔料+保湿剤40%、洗顔料+保湿剤+毛穴パックなど20%、何もしていない10%」と、何かしらのスキンケアをしている男性が90%、半分以上の男性が洗顔に一手間加えてケアをしているという結果が出ている。同号91ページでは、保湿に関し読者が行なっていることとして寄せられたものに「スプレーに入れたミネラルウォーターを出先でかけている」「冬だけ彼女の乳液を借りてつけている」「化粧水がしみこむよう上を向いてつけている」などが掲載されている。ここからスキンケアに対し自分なりのこだわりをもっていた男性が多かったことが読み取れる。
 また、この時期からスキンケア広告に徐々に「楽しむ」という視点が登場してきた。2002年8月号56ページ掲載のエテュセオムによるアクネウォーター(ニキビ肌用化粧水)の広告には、「選ぶ、使う、楽しむ、オトコのスキンケア、エテュセオム」というコピーが採用されている。さらに、2004年5月号254ページ掲載DHC for MENの広告では「自分の肌質に合わせて3タイプから最適な1本を選べる上、コンビニで買える手軽さも嬉しい。これだけ簡単なら、きっと毎日のスキンケアが楽しくなる!」というコピーが採用されている。
 バブル期にはスキンケアをしないと「女の子に嫌われる」、バブル崩壊後は「印象が悪くなる」という危機感に迫られ、スキンケアを勉強していた男性たちが、スキンケアが一般化してきたことで徐々に「楽しむ」余裕が出てきたのだろう。この時期の『メンズノンノ』読者層20〜30歳の男性が中高生だった頃には、すでに男性向けのスキンケア商品が展開されている時代であったため、バブル期の読者と比較しスキンケアが身近に感じられていたと推測できる。よって、バブル期と比べ男性たちにはこうして自分なりのこだわりをもったり、スキンケアを楽しんだりする余裕ができたと考えられる。
 この時期には、バブル期と比較して「ヘアサロンに対する意識」も変わったことが読み取れる。1987年4月号140ページ「牛若丸クラブ」では、理髪店しか行ったことのない男性を主人公に、ヘアサロンの行き方やオーダーの仕方を解説した漫画が掲載されていた。この漫画ではヘアサロンについて、ヘアサロンの「中は女の子ばかり」で、店に入ると「店員に値踏みされるよう」に見られ、美容師によっては自分を「よってたかって実験台」にするかもしれず、最後には「我慢の甲斐あっ」てかっこよくなったと書かれている。対照的にこの時期には、2003年12月号212ページ「サロンスタッフの最旬ヘアファイル36」など、サロンスタッフにセルフヘアスタイリングを学ぶという内容の記事が定期的に掲載されている。バブル期には男性にとってかなり入りづらく、緊張する場所として描かれていたヘアサロンだが、男性がヘアサロンに行くことが一般化したことで、ヘアサロンはヘアスタイルを学べる場所へと変化した。この現象もスキンケアと同じく、この時期の『メンズノンノ』読者層20〜30歳の男性は中高生だった頃、兄や先輩などの自分よりも歳上の人がヘアサロンに行っている姿を見たり、一緒に行ったりするなどしてヘアサロンの事を知り、抵抗なく行けるようになったのではないか。
 化粧が身近になったきっかけとして、この時期コンビニが飛躍的に成長したこともあげられる。2000年代前半には店頭の端末でチケットや料金の支払いができるようになるなど、コンビニの多機能化を特集した記事が『メンズノンノ』で組まれている。2000年代前半は、『メンズノンノ』読者にとってコンビニが身近になった時期であった。2004年5月号254ページ掲載のDHC for MENの広告「肌質に合わせて3タイプ。たった一本できちんとスキンケア DHC for MENのメンズソフトローション」では、「自分の肌質に合わせて3タイプから最適な1本を選べる上、コンビニで買える手軽さも嬉しい。これだけ簡単なら、きっと毎日のスキンケアが楽しくなる!」という見出しを採用している。この時期から紙面には、「DHC for MEN」を始め化粧品各社が従来より小さなサイズの化粧水や乳液などをセットにしてコンビニで販売する広告が登場するようになった。こうして日常的に男性用化粧品を目にする機会が増えたことも、化粧が身近になるきっかけの一つだったのではないだろうか。
 1990年代後半には美容記事で「眉」の整え方が細かく特集されていた。2000年代前半にも同じく『メンズノンノ』読者層にとって眉を整えることは非常に重要であった。2002年8月号78ページ掲載「正しい『まゆげ』道」では、「女子顔負けの入念な手入れで、細く&薄くなりすぎていたり、どーしていいかわからずに、ボサボサのまま開き直っていたり」という見出しとともに眉の手入れの方法が紹介されている。この時期の眉の手入れ方法の特集には、整えていないことがよくないことであることはもちろん、「女の子よりも熱心に手入れをしすぎている」事に注意が必要であると書かれている事が多い。このころ、いかに眉を整えることが男性にとって重要な課題であったかが伺える。
 2000年には一旦増えた広告が、この時期にまた減ることも特徴である。2001年の『GAINER』では『メンズノンノ』より美容特集や広告が少ないため、他の雑誌に広告が移動したというわけではない。
 これは先述のように、2000年というミレニアムイヤーの影響で結婚したいという人が増え、化粧に対する意識が高まったために、2000年前後のみ広告が増え、それがただ戻っただけであるという見方もできる。しかし、2000年代前半のインターネットの急速な普及も原因の一つとして考えられるだろう。総務省よる「インターネット利用状況の推移」(注24)では、1999年(平成11年)には「家族の誰かが過去1年間にインターネットを利用した」と答えた世帯は19.1%だったが、2002年には81.4%と、飛躍的な普及をみせた。またそれに伴い、1998年から2005年にかけてインターネットの広告費は急速に増加している。総務省による「平成27年度版 情報通信白書」によると「1996年には16億円にすぎなかったインターネット広告費は、2003年には1,000億円を突破し」(注25)たとされている。事実、雑誌広告は2000年代前半に緩やかに減少している。ここから、化粧品の広告はウェブページ上に移行したと考えることもできるだろう。雑誌広告費が減少し、インターネット広告費が増えたことだけで単純に断定はできないが、『メンズノンノ』に毎号のようにパソコン・インターネット特集が組まれるようになったことから、インターネットが『メンズノンノ』読者に与えた影響は決して小さくないものであり、考慮する必要があるだろう。
 こうして、バブル期に高まった男性の化粧への意識は徐々に「普通のこと」となり、また男性が化粧品を手に入れられる場所や、知識を手に入れる場所は拡大していくようになる。

(次の記事:『5 化粧に癒しと楽しみを見出す男性(2006年から2010年)
』)

(注24)総務省「インターネット利用状況の推移」<http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/field/data/gt010102.xls>最終閲覧日:2019年10月23日。
(注25)総務省「平成27年度情報白書」<http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h27/html/nc121240.html>最終閲覧日:2019年10月23日。

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