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2 好感度のための化粧(1991年から1995年)

 1991年から1995年には、まず1990年までと比べて美容記事と広告の数が大きく減っていることが特徴として挙げられる。これまで『メンズノンノ』には、頻繁にニオイ対策やスキンケアといった清潔感を獲得するための美容特集から、1988年4月号「メンズ化粧品完璧カタログ」に見られるように、男性向けのファンデーションやアイブロウ、ネイルポリッシュまで紹介したメイクアップの特集まで幅広く掲載されていた。しかし、1992年7月号以降、それらは紙面からほとんど姿を消す。
 紙面に掲載されている広告自体の量も減少した。1992年ごろまでは、各社が洗顔料や化粧水などの基礎化粧品から、ブロンザー(ファンデーション)などの広告を多く出していたが、以降は量自体が減少し、残った広告はヘアスタイリング剤や洗顔料、制汗剤など、日常的に使用するもののみになった。
 このように広告が減少した理由として、商品ラインナップの縮小が挙げられる。バブル期に『メンズノンノ』に広告を出していた会社は、資生堂やカネボウ、井田両国堂など、今なお経営されているところが多い。しかし、掲載されていた各社のブランド自体がこの時期に終了、または別名のブランドにリニューアルされ、洗顔料、化粧水、ヘアスタイリング剤といったベーシックなラインナップに変化している。例として、1986年以降頻繁に掲載されていた資生堂「男のギアシリーズ」がパックやアイブロウ、ファンデーションまで揃えた豊富なラインナップであるのに対し、1992年から発売された資生堂UNOシリーズは、整髪料、洗顔料、あぶら取り紙といったシンプルなラインナップである。
 広告が『メンズノンノ』紙面上から減少した理由として、他の年齢層をターゲットにした雑誌に広告が移行した可能性も考えられる。しかし、30代〜50代の男性向け雑誌であった『MEN’S EX』や、30代〜40代の男性が欲しくなるようなものをコンセプトに編成されていた『Begin』の同時期の紙面上には、化粧品の広告や美容特集はほとんど存在しない。よって、この時期には商品ラインナップが縮小し、それに伴い広告が減少したと考えられる。
 このような商品ラインナップの縮小、広告の減少の理由としてもっとも大きいと考えられるのは「グランジファッションの流行により、清潔感が求められるシーンがビジネスシーンだけになった」ことである。
 グランジファッションとは、能澤慧子によれば、以下のようなファッションスタイルとされている。

1980年代にシアトルで生まれた、グランジ・ロックと呼ばれるバンドのミュージシャンの装いが起源とされる。貧乏くさく、汚らしいイメージの古着風が特徴。1990年代に入り、多くのデザイナーがコレクションで取り上げた(注16)。

 つまり、グランジファッションとは「汚らしさ」がポイントだったのだ。グランジファッションは特に1993年頃、『メンズノンノ』ではもちろん、女性誌『an・an』で「カットソーの上等着こなし カットソーで挑戦する、流行のグランジ&ヒッピー」といったグランジファッションの特集が組まれるなど、性別を問わず流行していた(注17)。「モテ」を意識した清潔感第一のバブル期ファッションから、バブル崩壊後の「不潔風」ファッションの流行によって、男性はバブル期ほど化粧に意識を向ける必要がなくなり、結果として化粧品ラインナップの縮小につながったと考えられる。
 また、1992年ごろから巻末に家庭用脱毛器や小鼻の汚れを取る機器の広告が増えている。これらは2万円から10万円台とやや高額なため、これがどの程度普及していたかは不明だが、バブル期に男性が化粧することが一般的になった結果、化粧品ではなく、機械を使用して清潔感を手に入れる手段が登場したことも理由として考えられるだろう。
 この年代の広告には、スーツを着たモデルが多いことも特徴である。1993年に発売されたカネボウ・アルテージ(注18)の広告(1993年9月号94ページ掲載)や、マンダムから発売されているブランド「ギャッツビー」の1993年12月号118ページの広告「ギャッツビーつけて、カッコつけて……」などだ。また、キャッチコピーも明らかに「女性モテ」を謳ったものがなくなってきている。このことからも、男性が化粧に気を遣うのはビジネスシーンに集中していたことが推測できる。
 『メンズノンノ』に美容特集が掲載されていなかったこの時期、男性雑誌『GAINER』に継続的にグルーミング特集が掲載されていたことも、それを証明していると言えるだろう。『GAINER』は20代〜30代男性向けの雑誌で、毎号スーツの着こなしを紹介するなど、『メンズノンノ』と比較してビジネスシーンでのファッションを特集した雑誌である。1994年1月号155ページには、かつて80年代に『メンズノンノ』で行われていたように「君のグルーミング度は完璧か?○×チェック20項目」というタイトルで、スキンケアについて細かな解説が掲載されている。
 以上より、この時期の男性にとって、化粧とはビジネスシーンで好印象を残すためのものであったと考えられる。

(次の記事:『3 なりたい自分になるための化粧(1996年から2000年)』)

(注16)能澤慧子『早引き ファッション・アパレル用語辞典』ナツメ社、2013、P.129。
(注17)「カットソーの上等着こなし カットソーで挑戦する流行のグランジ&ヒッピー」『an・an』マガジンハウス、1993年6月号、P18〜21。
(注18)「花王史年表 : 1990-2000年」花王、2000年。<https://shashi.shibusawa.or.jp/details_nenpyo.php?sid=3120&query=&class=&d=all&page=48>最終閲覧日:2019年10月16日。

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