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1 女性に選ばれるための化粧(創刊から1990年)

 1986年から1990年の20〜30代男性にとって、化粧とは「女性にモテるためにやらなければならないもの」であったと考えられる。1986年7月号66ページには、「モテる男はイキイキ素肌」という見出しで、フェイススクラブやパックの紹介記事が掲載されている。その見出しの後には、「ヘアも素肌もおしゃれしなくちゃ。特に、不潔っぽい肌はいちばん嫌われるよ、女の子に」と続く。さらに、1989年4月号239ページに掲載されたカネボウのスキンケア商品の広告では、以下のような文章が採用されている。

 ギラギラさせたり、カサカサさせたまま、いい加減な手入れをしていると、女の子は、鋭い目でキミを観察してるから、ちょっとマズイよ。ギラギラ、ちょいギラ、カサカサの代表的3タイプの手入れを紹介するね。これで、爽やか肌になると、朝から気分上々。しかも、モテることうけあいだ。
女の子は、男のギラギラした肌が嫌いだ。スッキリ肌を手に入れてからアタックしよう。

 この年代の美容関係の特集や広告には、必ずと言っていいほど女性からの視点が登場するのだ。さらに、1990年8月号20ページに掲載された花王の制汗剤「8×4」の広告では、「汗るな、におうな、男たち。男の汗とにおいを抑える、8×4デオドランド」という大見出しで、「肌をクールに引き締めて、不快な汗をしっかり押さえ、しかもきちんと体臭予防。爽やかに、男の清潔を守ります。さあジムで、いつでもデートOKだ」という文章が広告に使用されている。また、1988年2月号52ページでは「本当は、こんなの欲しかったんだ…… グルーミングの秘密兵器」という見出しで、「これからデートだっていうのに、シャワーを浴びている時間はないし、こんな日の寝癖は一段と頑固で、水をつけたくらいじゃビクともしない」という文章とともに寝癖直しのツールが紹介されているなど、この年代において美容関係の特集や広告で設定されるシーンは、多くの場合がデートだ。このように女性の視点や存在を意識している文章が使用されていることから、1986年から1990年の20〜30代男性は、女性に不快感を持たれないために化粧を行っていたことが推測される。
 しかしこの年代の男性は、化粧を行ってはいるものの、楽しんでいるわけではなかったようだ。1986年から1990年にかけて特徴的なのは、1987年4月号127ページ「何、スクラブで顔を洗ったことがまだない?はっきり言って、それってかなり遅れてるよ」「週一回のスクラブ洗顔で、ツルツルになるのが今や男の常識だ」というスクラブ入り洗顔料の特集の見出しや、1986年11月号のヘアスタイルに関する記事の見出し「服は毎日着替えるのに、ヘアスタイルはいっつもおんなじ。そんなの変だよ。絶対」というような、化粧をしないことを批判するような文章である。こうした、化粧をしないことに対して危機感を煽るような文章が多用されていることから、この年代の男性は自らやりたいと思って化粧をしているというより、「他人から変だと思われたくない」というような他者の視点を意識して、受動的に化粧をしている人が多かったと思われる。
 このように、男性が化粧をするにあたり女性の視点が動機になっていた理由には、当時がバブル景気であったことが関係している。この時代は、「バブル景気と男女雇用機会均等法によって、完全ではないまでも、女性の選択肢が増えた時代」(注9)で、それは女性たちを「仕事に困ることもなく、生きるための結婚をしなくてもいい」(注10) 、「結婚に対してガツガツしな」(注11) い状態にした。バブル期は、「日本全体が「上へ上へ」と向かっていく雰囲気にあふれ」(注12) 、「仕事もプライベートも、友人やライバルに負けられないという競争意識が社会全体に漂ってい」(注13)た。この時代の女性について、山根一眞は「本心かどうかはわからないが」としながらも、理想の結婚相手として以下のように述べている。

「高収入、高学歴、一流企業、身長170センチ以上」といった付加価値がなければいや、と平気で口にする女性が多かった。そういう条件が満たされないならば、結婚しなくてもいいと考えている女性が増えたために、いっそう結婚できない男が増えてしまったようである。男が結婚相手を選ぶ時代から、女が結婚相手を選ぶ時代になった(注14)。

 つまり、男性は女性に選ばれる必要があったのだ。この時代の『メンズノンノ』読者世代の男性たちは、化粧に限らずファッションやデートなど、結婚するために女性にモテることが大切であった。これは1986年6月号171ページ「女の子の好きなヘア嫌いなヘア。」という、一般男性の髪型をスナップし、中山美穂や斉藤由貴はじめ女性7人で好みの髪型を選定するという企画を始め、この時代のファッション企画や旅行記事が全て女性の好みを気にする文言が使用されていたことによく表れている。1986年から1990年まで男性の化粧は、いわば、選び、選ばれるための、他者に認めてもらう化粧だったのだ。
 しかし、この時代の男性には、まだまだ化粧に対して抵抗感があった。山根一眞が「かつて男は口が腐っても『おしゃれ』などという価値基準は使わなかった(注15)」と書いているように、『メンズノンノ』の記事からは、バブル以前、男性は化粧、美容やおしゃれから遠い存在だったことがうかがえる。
 1987年6月号125ページには「視線集中、指先は清潔度のチェックポイントだよ。」という見出しで、「男が爪の手入れー!?なんて驚いているんじゃないよ。アメリカでは爪のケアができないビジネスマンはエグゼクティブ失格、これは常識だ。」という文章とともに、爪の手入れの仕方が写真入りで解説されている。また、1986年7月号の肌ケアに関する記事の見出し「男がパックなんて!といってるきみは遅れてるぞ!」より、読者が「男が爪の手入れに凝ったり、パックをすることは恥ずかしい」と思っていることを想定して書かれていることがわかる。これらの記事より、1986年から1990年にかけて20〜30代男性には「男が化粧に対し細かく気を配ることや詳しいことは、恥ずかしいことだ」という意識が残存していたことが推測される。
 以上より、1986年から1990年の男性には、「男が化粧に凝ったりするのは恥ずかしいが、女性にモテるため、化粧の知識を手に入れたい」という考えがあったと考えられる。
 ただし、1990年の『メンズノンノ』においては、依然として女性からの視線を意識した文章を使用した広告はあるものの一部は変化してきている。1990年7月号109ページ「汗臭いヤツ、追放!」という見出しの制汗・消臭特集では、文章に「嫌われない」などといった他者からの視線を表す文章が使われていない。この現象は、男性が化粧に気を使わなければならない社会に慣れ、それが日常生活の一部、すなわち当然のエチケットとして変化してきたのが理由だろう。

(次の記事:『2 好感度のための化粧(1991年から1995年)』)

(注9)深澤真紀「「女の時代」はいつ始まった?」2014年。<https://cakes.mu/posts/5732>最終閲覧日:2019年10月16日。
(注10)酒井順子「百年の女『婦人公論』が見た大正、昭和、平成」中央公論社、2018年、P.309
(注11)酒井順子「百年の女『婦人公論』が見た大正、昭和、平成」中央公論社、2018年、P.309
(注12)「昔「三高」いま「四低」 結婚するならどっち?」NHK、2015年。<http://www.nhk.or.jp/po/zokugo/1044.html>最終閲覧日:2019年10月16日。
(注13)「昔「三高」いま「四低」 結婚するならどっち?」NHK、2015年。<http://www.nhk.or.jp/po/zokugo/1044.html>最終閲覧日:2019年10月16日
(注14)山根一眞「「女」になり始めた男の結婚願望」『婦人公論』、1989年6月号、中央公論社、P.221
(注15)山根一眞「「女」になり始めた男の結婚願望」『婦人公論』、1989年6月号、中央公論社、P.225


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