生成AIはSaaSビジネスに「イノベーションのジレンマ」を引き起こすか?
はじめに
生成AIにより、テキストの作成や画像生成など、人々のクリエイティブな作業が劇的に改善されています。
(この記事の校正等もChatGPTが手伝っています)
さらに生成AIによるインパクトは個人だけでなく、企業やそのビジネスにも影響を与えつつあります。
今回は、生成AIがSaaSビジネスにもたらす影響と、そこに起こり得るイノベーションのジレンマについて考えてみます!
SaaS企業の生成AIへの参入
SaaS(Software as a Service)ビジネスは、ソフトウェアをインターネット経由で提供するサービスです。
その多くが企業向けの業務アプリケーションとして、営業やコールセンターのオペレーター、マーケターなどの業務効率化を実現するソフトウェアを販売しています。
そして多くのSaaSビジネスはユーザー課金のサブスクリプションモデルを採用しており、Salesforceなどがその代表例です。
2023年現在、多くのエンタープライズ向けのSaaS企業が生成AI機能を自社製品に積極的に取り入れています。
例えば、生成AIを使用して営業のメールを自動作成したり、マーケティングメッセージを生成したり、サポート業務を自動化したりすることが可能です。
CRMやマーケティングオートメーションで有名なHubSpotや、カスタマーサポートとサービスのプラットフォームであるZendeskも生成AIに力を入れています。
これらの生成AI機能が導入されたビジネスアプリケーションを使うことで、業務が効率化し、本来時間を使うべき対顧客業務や、重要な意思決定に注力することができます。
生成AIによる業務効率化とSaaSビジネスの変化
生成AIがもたらす業務効率化には人員削減のメリットもあります。
例えば、以前は5人のオペレーターが必要だったチャットによるサポート業務が、生成AIにより1人で運用可能になるケースも考えられます。
人が減ること、これこそがSaaSビジネスにおける生成AIによる「イノベーションのジレンマ」が起きる理由の一つです。
イノベーションのジレンマについておさらい
イノベーションのジレンマとは、新しい技術が進化することで、既存のビジネスモデルが立ち行かなくなる現象を指します。
このジレンマの発生地点には、2つの曲線が存在します。
1. 青色が、持続的イノベーション
ー 既存製品の性能を高めるもの
2. 赤色が、破壊的イノベーション
ー 短期的には製品の性能を引き下げる効果を持つが、新しい顧客に評価されるもの
大企業の多くは、プロダクトの改善を繰り返すことで指数関数的な価値の増幅→顧客の増加→利益の創出を行います(青色左側)
一方で、ある一定の価値基盤ができると、以降の持続的な改善は反復ごとに生まれる価値が最小化されていきます。(青色右側)
価値が最小化されたとしても、莫大な売り上げ金額と膨大な顧客数に対する投資家からの高い期待値が乗っかります。
一方で、スタートアップなどの赤色の破壊的イノベーションを行う企業は、ニッチな業界に対して、高い売上金額を求める必要なく、新たなニーズを生み出し価値創出の反復を小さく行うことができます。
赤い線が始まった当初は、将来性も未確定で高い利益率もないため青い線の企業は手を出せません。たとえ、技術的にも、リソース的にも赤い線を超えるものを持っていても手を出せません。
やがて赤い線の需要が既存の青い線の価値基準を超えると、青い線の大企業は焦り出します。しかしその時点では手遅れで、市場やユーザーの需要は赤い線がすでに奪っており、角に置かれた黒いオセロをひっくり返すことはできません
これがイノベーションのジレンマの基本的な考えです。
生成AIは「破壊的イノベーション」か?
生成AIは「破壊的イノベーション」に分類されると考えられます。
なぜならば、
・低価格で提供され、広範な消費者層にアクセス可能になる。
・大企業にとって積極的に投資するのは合理的ではない
・一般に小規模な市場において、新たな需要を生み出すか、または現在満足していない顧客層をターゲットにする
などの特徴が一致するからです。
「いや、ChatGPTをはじめとする生成AIはすでにMicrosoftやGoogleが多額の投資をしているじゃないか!」
と考えると思いますが、これはすでに破壊的イノベーションが世の中にリリースされて、大企業は後からそれに守りの投資をしているだけに過ぎません。
GPT-3自体は、2020年に公開されていますし、OpenAIもそれ以前から研究をしています。
その時点での各社テックジャイアントとの動向としては、もちろん研究機関を立ち上げ大量の優秀な研究者を抱え、大量の論文を発行しています。
例えば、Salesforce Researchでも2018年頃から、言語分野におけるテキスト生成能力のテストや、decaNLPなどのマルチタスクを行う言語モデルを論文で出しています。
しかしながら、利益率の低さや実用性の観点、まだ見えぬ市場、大量に抱えている既存顧客に応えるためには、テックジャイアントにとって投資判断は難しいでしょう。
現在、2023年のような全社的な投資にはどのテックジャイアントも2018年前後では行われていないはずです。
つまり、前述の青い線と赤い線の関係に近いものが出来上がってきています。
では、既存のSaaSビジネスは「破壊的イノベーション」である生成AIによって、「イノベーションのジレンマ」を引き起こされてしまうのでしょうか?
SaaSビジネスにおけるイノベーションのジレンマ
さて、赤色の線(破壊的イノベーション)が青色の線(持続的イノベーション)を食ってしまう理由は何も、その技術力や企業のリーダーシップのせいではありません。
前述のコダックも、なんと自社の従業員がデジタルカメラを開発していたにもかかわらず、倒産にまで至ってしまったのです。
では、その当時の経営層の判断が悪かったのか?というとそうとも限りません。
ではなぜそうなってしまったのか。
それは、多くの顧客を抱える大企業としては、既存ビジネスモデルの維持、既存顧客への継続的な価値提供、投資家の期待値に応えること、から逃れられないのです。
破壊的イノベーションの要素の一つに以下があります。
つまり「生成AIというサービスが高い価値と機能の優位性があるから既存のサービスを壊す」とは限らないわけです。
既存製品のビジネスモデルや提供方法に影響を与える可能性があるということです。
SaaSのビジネスモデルへの生成AIの影響
生成AIによる業務効率化と人員削減が進むと、SaaSビジネスの収益モデルであるユーザーベースの課金が成立しづらくなります。
例えば、完全自動化された営業AIや、完全自動化されたコールセンターのオペレーターAI、完全自動化されたメールマーケティングAI、などが出てしまえば、それらの業務に関わっていたビジネスユーザーの人員削減につながります。
そして結果的にSaaSビジネスの利益の中心であるユーザー課金モデルにも影響が出ると考えられます。
つまり、オペレーターの人数が減ると、販売可能なライセンス数も減少します。
例えば、オペレーターの数が5人から1人になってしまったとしてもライセンス金額を5倍にすることは難しいでしょう。
生成AIによる業務効率化がSaaSビジネスのユーザー課金モデルによる収益にネガティブな影響を与えてしまうのです。
さらに、コールセンターなどがほぼ完全自動化されると、オペレーターのライセンス自体が不要になることもあります。
注意として、AIが人々の仕事を奪うという話ではない点に注意してください。あくまでもオペレーターの日常的な問い合わせ対応業務が生成AIを組み込んだチャットボットで代替される可能性があるだけです。では、そのオペレータを全てクビになってしまうか?というとそうではなく、マクロで見れば企業または市場はそれらの人材資源の多くをより人間性が必要な業務に従事させることが考えられます。
SaaSビジネスがイノベーションのジレンマを防ぐには?
では、生成AIが今まで以上に発展するとSaaSビジネスは衰退してしまうのでしょうか?そうとは限りません。
イノベーションのジレンマを著したクリステンセン氏は、既存企業がイノベーションのジレンマを防ぐために考えるべき「共通原則(あるあるみたいなもの)」は次のとおりだと主張しています
リソースへの依存: 現在の顧客が既存企業のリソース(情報、アクセシビリティ、プラットフォームなど)に依存している
小規模市場は既存企業の大規模市場に影響を与えるのに苦労する
破壊的テクノロジーの将来は流動的であり、成熟すると何が破壊されるかの未来を知ることは不可能である
既存の組織の価値は単に従業員だけではなく、取り組みを推進するプロセスや中核となる能力も含まれる
破壊的テクノロジーの供給が市場の需要と一致しない可能性がある
つまり、一言で言えば「既存企業のリソースで囲い込み、大規模市場にいることの優位性を活かし、未知の状態に素早く対応できるようにし、市場の需要を見極め対応する」ことでイノベーションのジレンマに対処できるという感じでしょうか。
未来の予想は非常に困難ですが、これらを踏まえると、既存のSaaSビジネス企業は以下のような方針が考えられます。
リソースの活用:既存サービスが抱える、顧客規模、データ、プラットフォームを活用し、固有の価値を提供する
課金モデルを使用量ベースにする
ユーザー数ではなく、会社契約単位で各ユーザーの機能使用量に基づいて課金をする、などユーザー単価を上げる
生成AIなどによる追加の機能や価値を売りに、ユーザー単価を上げるドメインの幅を広げる
世界の労働人口が大きく変わるわけではないので、少なくとも人が仕事をする世界である以上市場が縮小するわけではありません。
しかし生成AIで代替可能な業務“だけ”を行うユーザーをペルソナにすると代替されてしまうので、ビジネスコミュニケーションなどの代替しがたい超汎用的なタスクを行うペルソナを対象とするなどは考えられます。ドメインを深める
生成AIで代替されないより高度な業務ドメインにはいることも出来ます。例えば「営業管理」ではなく「営業意思決定」や「営業の交渉」のような未だ人間がやらざるを得ない領域に広げるなどです。もちろん、これらもどこかのタイミングで生成AIに変わる日もあるかもしれません
これらの点を踏まえると、SaaSの代表としてあげたSalesforceでは、
世界No.1のビジネス顧客データを保有しており、業務領域も多岐にわたります。さらにMulesoftやTableuなどのデータ領域も持っており、データとドメインという圧倒的なリソースの優位性を持っています。1)リソースの活用
さらに、Slackを買収したことでドメインの幅が広がりました。つまり世界の労働人口が激減しなければ、かつ人と人が会話をする世界であれば企業のコミュニケーション領域という代替されないドメインを持っているのは強いです。 4)ドメインの幅を広げる
一方で、製品機能によっては利用量課金もありますが、従来からのユーザー課金のサブスクリプションモデルに大きく依存しているため、生成AI機能のリリースがライセンス数の減少になるというジレンマもあると思います。 2)課金モデルを使用量ベースにする 3)ユーザー単価を上げる
そして、製品の改善としては、より高度な人間が行わざるを得ないエリアにドメインを深める必要が出てくると考えられます 5)ドメインを深める
生成AIが引き起こすGoogleのイノベーションのジレンマ
もちろん他にも、生成AIによって引き起こされる可能性のあるビジネスも考えられます。
例えば、Googleの広告ビジネスは、世界最大のオンライン広告プラットフォームの一部であり、Googleの収益の主要な源です。
ChatGPTのような対話形式のテキスト生成AIが発展すると、ユーザーは必要な情報を素早く、効率的に取得できるようになります。
1クリックで欲しい情報に辿り着くことができれば、ユーザーは今までのようにウェブページを何度も検索し巡回する必要がなくなります。
これは一見、ユーザーにとっては利便性が向上しているように見えますが、Googleの広告ビジネスにとっては問題を引き起こす可能性があります。
ユーザーがページを巡回しなくなれば、Google広告が表示される機会が減少します。これにより、ページ回遊率が低下し、広告のインプレッションが減るため、広告単価やクリック単価も下がる可能性があります。
これはGoogleの主要な収益源である広告収益にとって大きな打撃となり得ます。
Googleが生成AIに力を入れることで、自社の主要な収益源である広告ビジネスに悪影響を及ぼす可能性があるという点で、イノベーションのジレンマになり得ると言えると思います。新しい技術の導入と進化が、既存のビジネスモデルに対して矛盾した影響を与えるということです。
追記)
本記事を執筆した直後にGoogleによるSearch Generative Experienceが発表されました。質問から質問へと文脈を引き継ぎながら、Webコンテンツや画像を紹介し、自然に欲しい情報を探せるようになるとのことです。
おそらく、アルゴリズムを調整し一発で解決しないように、「対話型」「深掘り」というキーワードでユーザー体験を設計するでしょう。何度もユーザーに検索結果、もとい広告を表示させることで、広告表示回数や広告単価を保ち、収益を確保する、というよりそうせざるを得ないと思います。
まとめ
生成AIは疑いなく、多くの分野における革新的な変化を与えています。一方でSaaSビジネスのユーザー課金モデルやGoogleの広告ビジネスなど、多くの分野でビジネスモデルにおけるイノベーションのジレンマが浮かび上がってきています。
企業はイノベーションを取り入れつつ、その影響を慎重に評価し、既存のビジネスモデルと調和させる戦略を探る必要があることが明らかです。
生成AIの持つポテンシャルを最大限に活用しながら、持続可能で革新的なビジネスモデルを築くバランスが求められています。