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小野友寛 / 紙

9月から10月にかけてのこと。今年最後の展示を終え、遠方から帰宅した私は、気づけばもう10月だった!と真っ先にカレンダーをめくった。
普段なら、明日から来月だとワクワクしながらカレンダーをめくるのだが、今回ばかりは、少し慌て気味な私。
けれど、そのカレンダーは私の慌てっぷりさえ包み込むような優しい存在で、時の流れを受け入れているようだった。

「letterpress printing」


小野友寛さんは大分県の山香を拠点として、印刷物のデザインや、紙を使用した造形物を手掛けている。
小野さんの手にかかれば、紙は器にもなる。和紙に漆を重ねることで見える重厚感は、実際に触れることで紙本来の軽さがその器にあると知る。紙は書くものでも、読むものでもなく、食に添えるもの。そのように紙の新しい一面と驚きを生み出してくれる。そして、それほど、小野さんの紙に対する情熱は大きい。
印刷物に関しては、分業であることが世の理の中で、印刷から製本まで一貫してご自身で手掛けることもあるという。

そのひとつに、秋になると毎年欠かさず制作されているカレンダーづくりがある。

カレンダーは、手書き文字やコラージュによる「RUMPLE」、古書のような形をした「book」、組版を使用した「letterpress printing」、予定を書き込むのにぴったりな「standard」の4種類。コンセプトによってそれぞれが豊かな表現に溢れている。


お手紙を読んでいるような気持ちに…

手作業で作られているため、一枚一枚が一点もの。
印刷という言葉を耳にすると、どうしても大量に印刷する量産型のイメージが浮かんできてしまう。その中で、小野さんの〈印刷物〉からは、ひとつひとつがデザインから丁寧に形を決められて、刷られていく様子が伝わってくる。
そこには、単純な〈印刷物〉を超えた〈作品〉としての魂が宿っているからだろう。

私が使用しているのは「letterpress printing」。
ぴったりと等間隔に並んだ数字ではなく、それぞれの間隔に細かい余白の違いがある。インクのかすれ具合も、所々違う。シンプルだけれど無機質ではなく、温もりを感じる仕上がり。そのように感じる背景には、ひとつひとつの活字を組み合わせて版を作る〈組版〉と呼ばれる技法があるからなのかもしれない。昔は印刷物を作る時は、活版印刷で活字を一文字ずつ拾うとろからがはじまりだった。
人の手によって直接文字が並ぶ様子は、手書きのように自由すぎることもなく、機械のように単調的すぎることもない。
活版とは、作為的でも無作為的でもない文字の豊かさに気づかせてくれるものなのかもしれない。


壁に飾っても、机に置いても、どこでも日常を受け入れるカレンダー◎

カレンダーは日本語で〈暦〉を意味する。

現代ではカレンダーというと、今日明日のスケジュールを確認したり、予定を書き込むための意味もあるかもしれない。小野さんのカレンダーには、紙自体の余白はあるけれど、そこには忙しない予定や情報を書き込む必要性がない。もっと、季節の移ろいや時の流れをゆったりと心に書き込んでくれるような感覚がある。
中世の時を辿るような感覚で、現在の歩み方にちょっとした気づきを与えてくれるものであり、どのような日常も穏やかに受け入れてくれるのだ。

明日から11月。
10月さん、ありがとう。11月さん、こんにちは。
そのような挨拶をしながら、カレンダーをめくる。

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