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NPBを守るか?田澤ルールを考える

  記事にサムネイルをつけることにしました。理由は内容が似通っていて自分でもどれがどの記事なのか区別できないからです。たまたま絵がすごく得意なので、しばらくはテーマと関係のありそうな絵を自分で描いてつけることにしました。ポ〇モンでは決してないです。こちらもお楽しみに。

 さて本題。今回のテーマは「日本球界を守る」です。いわゆる「田澤ルール」(以後表現の煩雑化を避けるため「いわゆる」は省略)をはじめとする、NPBの海外流出対策について考えたいと思います。

田澤ルール

 アマチュアからNPBを経ずに直接海を渡るという方法への直接的な対抗措置として導入された田澤ルール。今年は社会人のパナソニックに在籍していた吉川峻平投手がダイヤモンドバックス、さらに適用対象外のケースではあるものの、3月に中学を卒業したばかりの結城海斗投手が高校進学をせずにロイヤルズとそれぞれマイナー契約を結ぶなど、田澤ルールに関する議論が再び脚光を浴びた一年となりました。

 まずは田澤ルールについておさらい。以下引用です。

◆田沢ルール 08年9月、新日本石油ENEOS(現JX-ENEOS)の田沢純一投手が大リーグ挑戦を表明したことを受け、NPBが「日本のドラフトを拒否して直接海外挑戦した選手は、日本に戻っても高校出身は3年間、大学・社会人出身は2年間、ドラフトで指名できない」と制限を設け、12球団申し合わせ事項として承認。同年10月のドラフトから導入し、田沢に適用された。 (※引用元記事は以下に掲載)

 田澤ルールはドラフトを拒否し、NPBを経ずに直接MLB(あるいはその傘下)の球団と契約した選手について、帰国後のNPBでのプレーに制限を設ける、いわばダイレクトな形で選手の選択肢を変化させる戦略です。この規定により、選手は直接MLBに挑戦するかどうかを、その場合のみに発生するリスク(=帰国後のプレー制限)を考慮して決めることになります。今回の吉川投手や、田澤ルール制定のきっかけとなった田澤投手、あるいはそれ以前に直接渡米する選択を取った選手の1人であるマック鈴木投手らが皆マイナー契約からそのキャリアをスタートさせていることを考えても「今挑戦したら帰国後のキャリアに支障が出る」という状況は非常に厳しいものであると言えます。

「NPBからメジャーへ」の難しさ

 では、直接海を渡ることを断念し、NPB球団入りを決めた選手はどうなるのでしょうか。

 現行のFA制度は、MLBを含む海外移籍の自由を得るまでに、高卒選手なら9シーズン分の一軍登録を要求します。今季巨人の4番に定着した岡本和真内野手ならば、MLBへの挑戦権を得られるのは最短でも彼が30歳を迎えるシーズン後。高卒4年目という早い段階で一軍に定着した選手でさえ、20代のうちに権利を手にすることはできないわけです。ポスティングシステムを利用した移籍も手段としては存在しますが、在籍球団の合意が必要なことから、世論を味方につけることができる一部の超NPB級以外の選手にとってはなかなか手を出しにくいのが現状です。

 またこれと並んで、直接の移籍障壁とは言えないものの、選手のMLB挑戦を阻んでいると考えられるのが、国内FA制度とFA権行使後の保留権復活制度(?)の存在です。

 日本のFA制度は、一度権利を行使すると、契約締結後に再び球団の保留権が復活する仕組みを取っています。再取得には4シーズンの一軍登録が必要なので、一度FA権を行使すると、選手はそこから最低でも4年間、またしても球団選択の自由を奪われることになります。この制度自体も再考の余地があると考えられますが、今回重要なのは、これが国内FA制度との合わせ技により、MLB挑戦への強力な障壁になるという点です。

 国内FA制度は選手に「今オフの球団選択の自由」と「来オフのMLB挑戦」とを天秤に掛けさせる制度です。これまでの記事でも触れてきた通り、FA制度は選手の交渉力を大きく上昇させることから、実力相応の契約を実現するための強力なツールとなります。MLB挑戦を強く希望し、そのための1年を待つことができる選手ならば問題になりませんが、特に遅咲きの選手にとっては1年の我慢がその後の選手生活を大きく左右することも考えられます。

 現行制度では多くの選手が30代に入るまでFA権を取得できないため、1年後の自分の選手価値の下落を危惧して1年早く権利を行使できるという点に魅力を感じる選手は少なくないと考えられます。

 結果、選手は自らの待遇改善を求めて国内FA宣言を行い、移籍するにせよしないにせよ、NPB球団と契約を結ぶことを選びます。再びFA権を取得できるのは4年後、多くの選手がそのキャリアのピークを過ぎた後になります。ここからMLBに挑戦することを考えるのは不可能ではないにせよ、かなり難しいと言っていいでしょう(昨オフのロッテ・涌井秀章投手のように、再取得のFA権をMLB挑戦のために行使した選手も存在はしますが)。

 まとめると、それぞれの選択権こそ選手自身によって行われはしますが、現行のNPBのFA制度は、MLB挑戦を目指す選手に対して、その選択の幅を大きく制限するものとなっている、と結論付けられます。

極端な保護主義政策は自らの首を絞めうる

 ここまでは選手の視点から、日本のプロ野球界がプロ・アマ問わず、選手のMLB挑戦を阻止する制度設計を行っていることを確認してきました。ここではこの制限を設計してきた側、すなわちNPB、および日本球界自身がどのような影響を受けるのかを考察していきます。

 この制度を設けることによる、NPBにとってのデメリットとは何でしょうか。選手側に残る不満、あるいは職業選択の自由とのバランスの問題はもちろん議論されていくべきですが、仮にこれらの規制をプロ野球という産業の特殊性から許容される範囲のものである、と考えるとどうでしょうか。日本球界としては、有力選手を国内に留めておくことができる(制度による効果が存在するかどうかについては検証が難しいところですが)ので、一見さしたるマイナス面は存在しないようにも思えます。
 

 ここからは私見になりますが、国内のプロリーグが海外、というより「より大きなお金が動く環境」への移動を制限することは、最終的には国内のそのスポーツそのものの衰退を招く恐れがあると思います。

 MLBが世界一のリーグたりえるのは、アメリカが野球発祥の地だからでも、アメリカ野球が一番強いからでもなく、実力を持った選手にそれに見合う報酬を支払うことができるからだと思います。例えば仮にヤンキースのスタントン外野手が日本でプレーする意思を表明したら、手を挙げる球団はあるでしょうか。今の彼の年俸を支払ってまで獲得したいと考える球団はないでしょう。外国人枠の問題(これもそのうちどこかで書きます)もありますし、そもそも異国でプレーすることには大きな身体的・心理的負担が掛かるので一概に比較はできませんが、彼がMLBでプレーすることを選択する最大の理由は「自分の価値に見合った報酬を支払ってくれる」という点だと思います。

 多くの選手にこうした待遇を与えることのできるリーグには世界中から実力を持つ選手が集まるので、自然に実力的にも非常に高い水準にあるリーグを形成することが可能になります。「お金じゃない」という理由でMLBを目指す選手が存在するのはあくまでその結果として観察される行動であると思います。NPBで高いパフォーマンスを発揮している選手が、国内でその実力を満足させる報酬を受け取ることができなくなったならば、MLBを目指すのは自然な流れです。

 今日本球界がやっているのは、機構の利益にならない移動に制度的な障壁を設けて大きなコストを追加し、流出を食い止める、という行為です。これが常態化すると選手はどのような行動をとるでしょうか。

 一つの回答になっているのが、冒頭で挙げた結城投手のケースです。彼はMLBの舞台でプレーするという目標に対して、中学卒業段階で直接アメリカに渡る、というアプローチを取りました。彼の決断に田澤ルールやFA制度の存在が関係しているかは分かりませんが「日本の高校に進学すればNPBドラフトの対象となる可能性がある」「NPB球団に入団することは適切なタイミングでのMLB挑戦を難しくする」という情報は意思決定の過程で意識された・されるべき要素であったと思います。

 国内にレベルの高いプロリーグが存在することは、その国におけるそのスポーツの発展に重要な役割を果たします。NPBが日本野球の発展に寄与し続けてきたことは紛れもない事実です。しかしそのNPBが、高い実力を持った選手を国内に縛り付けるようなアクションを起こしてしまうと、今回の結城投手や吉川投手のように、早い段階でアメリカに渡ってメジャーを目指す選手が増えていきます。

 日本の技術指導をはじめとする育成環境の良し悪しについては言及しませんが、若い選手が環境も言語も異なる異国の地に渡ってプレーをするためには馬鹿にならない金銭的・身体的なリスクが伴います。NPBの役割の一つには、こうしたリスクから選手を守る、すなわち国内でハイレベルなプロリーグにアクセスできる環境を提供することで、世界でも通用するような実力を持つ選手を育成することがあるのではないでしょうか。

 今後、NPB機構が「ドラフトを拒否した選手を」という田澤ルールの適用対象をさらに拡大することも考えられます。もしそうなれば、将来的なMLB挑戦を目指す選手がさらに早い段階で海を渡るかどうかを選択することを余儀なくされ、どちらの進路をとっても大きなリスクを背負うことになります。スポーツの多様化が進む時代にあって、野球で飯を食うことの魅力が薄まれば、優れたアスリートが野球を選ぶメリットがなくなり、最終的にはNPBに供給される選手の質も低下してしまう恐れがあります。
 

 自球団を戦力・人気の両面で支える有力選手を早くに失うのは大きな痛手になります。各球団の視点からみると、彼らや将来その立場を担うであろうアマチュア選手が海外に流出するのを避けるような行動を取るのは当然とも言えます。しかし、そこから一歩引いて状況を見たときに、彼らの取っている行動が必ずしも日本球界を守ることにはつながらない可能性がある、というのが今回の重要な論点です。

 これを是正するために必要なのが、各球団の利害から離れた場所に立ち、球界全体の利益を考えられる意思決定主体の存在です。各球団の代表(オーナー)が集まって意見を集約する形では、こうした長期的な視野に立った考え方、アプローチを取ることができません。ぼくのnoteではさんざん繰り返している話になりますが、こうした問題に対処するためにも、NPBの財政健全化、中央集権化が必要になるわけです。

 ちょっと重たい話になりましたが、今回はここまで。特に私見に基づく概念的な話が多かったので、ご意見・ご感想等頂ければ幸いです。

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貨幣の雨に打たれたい