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ポジション別貢献度の横断評価:指標の意義を考える

 異なるポジション間の評価補正や、コンバートの成功可能性を定量化して評価することは、チームがその戦力を最大化する上で極めて重要な役割を果たします。今回は、その意義と実現可能性について書きたいと思います。

※本稿における「ポジション」は守備位置だけでなく投手の先発・リリーフの役割分担も指しているものとします。「コンバート」も同様です。

横断評価がなぜ重要か

 「サードを守るこの選手がショートを守ったらどのくらいの守備力を発揮するか」「リリーフエースのこの投手を先発転向させたらそのリターンは現在の起用法によるそれを上回るのか」といった問題を検討することは、チームの現有戦力を引き上げるための最も手っ取り早い、かつ重要な方法の一つです。学生野球に関しては、スポーツ推薦等による入学・入部時点でのセレクションを除けば意図してチームの弱点となる選手を補強することは不可能ですから、これが唯一の「補強」手段となります。

 プロ球団については、FAやトレード、ドラフトで外部から選手を補強することももちろん重要ですが、こうした方法でのチーム強化は期間が限られている上に、調査・交渉に多くの時間的・金銭的コストがかかります。一方で、自チーム内のポジション変更は(起用方法が契約によって制限されている場合を除き)追加的な金銭コストを必要としませんし、元から自球団で保有している選手ですから、外部の選手よりも詳細な情報を得られるはずです。

 また、外部から選手を獲得する場合にも、FAやトレードで獲得する選手とポジションがカチあう選手をコンバートすることで、補強の効果をさらに大きなものにできる可能性があります。また、ドラフト候補のアマチュア選手の多くはチーム内の他の選手に対して走攻守すべての面で優位にある状況がほとんど、この力関係はプロに入ってガラリと変わることが多いため(大谷翔平選手など例外もあります)、別のポジションで起用する方が高いパフォーマンスを発揮してくれることもあります。

 1シーズンの間で全体の半分の選手が入れ替わるというのはそうそう起こることではありませんから、現在保有している選手の別のポジションでのパフォーマンスを数値化することには大きな利用可能性があると考えてよさそうです。

コンバート後のパフォーマンスをどう予想するか

 とはいえ、これを指標として実装するのはかなり難易度が高い作業でしょう。コンバートが「結果として」成功するか否かにはそのチームの該当ポジションのデプス等、本人の力ではコントロール不可能な要素が関わってきますし、その選手の他のポジションでのパフォーマンスはそもそも実際には観察することができないからです。

 複数のポジションをこなすユーティリティプレーヤー/スイングマンであれば多少は手掛かりが得られるでしょうが、そういう選手はそもそも「複数のポジションを、大きくパフォーマンスを落とすことなくこなすことができる」ということ自体を特長としてプロの世界に生きる場所を見出している可能性があるため、そうしたサンプルだけではコンバートによるパフォーマンスの低下・改善を過大評価または過小評価してしまう可能性があります(セレクションバイアス)。

 セイバーメトリクスがこの領域に手を出していないのも、こうした技術的な困難が壁として立ちはだかっているからなのでしょう。せっかく指標を作ったとしても、それがコンバートを検討する上で参考にならなければ意味がありません。

 それでも、「ないよりはいい」指標を生み出す可能性がゼロでないならば、その作成にむけた努力はなされるべきだと思います。

 バッティングを評価する指標を例に考えると、打率はセイバーメトリクスの発展により、必ずしも適切に選手の打力を表現できないことが分かってきました。それでも、打率が高い選手は出塁率やOPSも高い傾向にありますから、打率ランキングにもある程度の説明力があることが分かります。その中で「この選手は打率が低いけど、彼より高打率を残している他の選手よりも貢献度は高いんじゃないか?」という疑問が生まれれば、それが指標改善の契機になるのではないでしょうか。得点・勝利数への貢献に換算する、というセイバーの基本的な考え方も、こうした疑問が端緒となって生まれたものではないかと思います。

 コンバート後のパフォーマンスを測る指標に関しても、過去の例について、コンバートの「成功度」をある程度納得のいく順番に並べる(順序尺度として利用する)ことができれば、たとえ直感と整合的でない例外が存在したとしても「ないよりはいい」指標として、充分にその存在意義を保つことができるのではないでしょうか。

※ぼくの指標に関する考え方は、水曜社刊『デルタ・ベースボール・リポート1』に掲載されている、蛭川皓平さんの『指標の有用性をどう考えるか』に共通する部分が大きいと思っています。野球のシーンにとどまらず、指標そのものを理解する上で非常に重要な考え方を書いておられるので、ぜひ手に取って頂ければと思います。

 最後に、解決されるべき問題が山積しているという注釈を前提に、ぼくがコンバートの効果を予測する指標づくりをする上でのヒントになりうると考えている要素を紹介します。

指標づくりのヒント...になりそうなやつ

①メカニクスまで含めた各指標の細分化
 この例に限らず、現在利用されている指標には、選手個人のメカニクスを直接指標の大小に反映される形で導入しているものがありません(ぼくの不勉強かも知れませんが...)。試合で観察されるパフォーマンスを得点・勝利数に換算するのがセイバーメトリクスの重要な考え方ですが、こうしたパフォーマンスはその選手の動作のメカニクスに依存しますから、これを指標を構成する要素として取り込むことには充分検討する価値があるのかなと思います。どのメカニクスを重要視すべきかは意見が分かれるでしょうが、ベースとする理論を固めれば、それぞれに基づいた指標を構築することは可能なのではないでしょうか。

②オープナー/極端なシフト
 いずれもMLBで取り入れられている、新しい投手起用・守備の戦略ですが、ぼくはここにコンバートの可能性を測るヒントが隠されているのではないかと思っています。例えば、左のプルヒッターに対して内野手が極端に右によるシフトでは、三塁手が二塁ベースの右側を守るケースがあります。このシフトでの三塁手の動きが二塁手の動きと全く同一と考えるのはさすがに乱暴ですが、このようにポジション間で共通する動作に注目することが何かしらのヒントになる可能性は高いと思います。同様に、投手に関しても、リリーバーがオープナーとして試合の頭を投げるケース、終盤のイニング途中から登板して長いイニングを投げるケースと、従来のプロ野球では見られなかった選手の起用法が増えてきています。これらの戦術の普及は、選手のコンバートによるパフォーマンスを測る上で追い風となる可能性が高いのではないでしょうか。

むりやりまとめ

 今回はチーム内の起用法変更による戦力アップの重要性を前提に、これを定量化して評価するための方策に触れつつ、最終的にぼくの指標全般に関する考え方についてふわふわっとした雑感を書いてきました。セイバー指標もそうでしたが、新しい評価軸の作成には技術的な問題がつきものですし、指標を作ったとしてもそれが一般に受け入れられるには長い時間がかかります。今回メインテーマとして挙げた「コンバートの可能性を表す」にしても、実用化するには更に発達したプレーの観察・測定のための技術の登場を待つ必要があるのかも知れません。

それでも、それまで感覚として「なんとなくいいと思う」としか表現できなかったものを数値として可視化することができるようになることは、それまで評価されていなかったスキルの思わぬ発見にもつながり、野球界にもたらす影響は小さくないと思います。

 長くなってしまいましたが、今回はこの辺で。指標に関する考え方は、機会があればまた書きたいと思います。

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貨幣の雨に打たれたい