【Road to Multi-Year Deal】マイク・ムスタカス、長期契約への闘争
野球選手のキャリアは短い。どんな名選手であってもせいぜい30代後半か、よくて40歳程度までしかプレーは続けられないし、そもそも名選手と呼ばれない大多数の選手たちのキャリアはもっと短い。一説によれば、MLB選手の平均的なキャリアは5.6年ともされる。ほとんどの選手たちは20代で野球とは別の手段で食い扶持を繋ぐ必要が生じる。
そんな厳しい勝負の世界において、継続して結果を残し続けられる選手だけに与えられるのが複数年契約である。先述のとおり、キャリアの平均年数がわずか5.6年の野球界において、契約した年数の間の雇用と収入を約束してくれる。野球選手からすれば何とも甘美な響きである。
我々が生きるために日々仕事をするように、野球選手にとっては野球こそが仕事であり、生きるための術である。いつプレーできなくなるかわからない、明日突然チームを解雇され、路頭に迷う可能性だってある。そんな状況下にある野球選手たちが少しでも安定を追い求めるのは何らおかしいことではない。かつて「誠意は言葉ではなく金額」という名言を残した野球選手がいたが、彼らの不安定な雇用情勢を考えればそれは当たり前の発言なのである。
マイク・ムスタカスも長期契約を追い求めた。MLB通算9年間で182HR、強打のサードとして厳しい野球界を生き抜いてきた。2011年にカンザスシティ・ロイヤルズでデビューしてから、サードのレギュラーとして2014年のリーグ優勝、2015年のワールドシリーズ制覇に貢献し、ロイヤルズの黄金期を支えた。怪我でほとんどプレーすることができなかった2016年を除けばレギュラー定着後は毎年安定した成績を残し続け、チームに多大な貢献を果たしてきた。複数年契約を貰うには十分値する結果をフィールドで出してきた。
だが、ムスタカスの長期契約への道は辛く険しいものであった・・・
2017年の闘い
前年は怪我で27試合の出場に留まったが、FA取得前年ということも手伝ってか、2017年のムスタカスはキャリアでも最高の1年を送った。開幕からHRを量産し、7月までで30HRとこれまでのキャリアハイだった22HRを軽々と上回り、自身2度目のオールスターにも選出された。最終的には38HRを放ち、MLB全体でも8位タイにランクインし、カムバック賞も受賞した。
2017年限りでのロイヤルズ退団が既定路線だったため、本拠地カウフマン・スタジアムで迎えたシーズン最終戦では地元カンザスシティのファンからのスタンディングオベーションに包まれながら、ムスタカスはロイヤルズの選手としては最後であろう試合を終えた。
晴れてFAとなったムスタカス。他球団への移籍が濃厚であったが、所属していたロイヤルズからはクオリファイング・オファー(QO)を提示された。これは球団がFA選手に対して規定額(2017年当時で年俸1740万ドル)の1年契約をオファーできる制度であり、選手側がこれを拒否して移籍した場合には、所属元球団はその選手の移籍先の球団から翌年のドラフト指名権を受け取ることができる。2017年のFAクラスにおいて、38HRを放ったばかりのムスタカスは注目選手の一人として目されていたため、当然ロイヤルズからのQOを拒否した。
だが、2017年のFA市場は歴史的な厳冬状態にあった。高年俸のFA選手を獲得するよりも、自前で年俸の安い若手を育てるという方針に各球団が舵を切り始めたためである。例年であればいとも簡単に複数年契約を勝ち取れた選手であっても、なかなか希望通りの契約を得られず、単年契約で落ち着くケースやそもそも契約すらできないような状況が散見された。
ムスタカスもその例外ではなかった。複数年契約を狙ったものの、契約交渉は難航し、時だけが過ぎていく。そして2月に入り、各球団のスプリングトレーニングが始まる中、ムスタカスは依然として来季の所属球団が決まっていなかった。複数年契約どころか来季どこで野球をするのかすらわからない状況だった。
事態が進展したのはいよいよ開幕も近い3月10日、ロイヤルズと1年550万ドル+出来高の契約で合意したと報じられた。金額はQOで提示されていた額のおよそ1/3とおそらく期待していたものでは全くなかっただろう。
な、なにーっ!今まで手にしていた1700万ドルは?
エ〇マンガが突然消えた時の気持ちは私も男なのでよくわかるので、ムスタカスからすれば手に入れられたはずの約1700万ドルが消えたらもしかしたらこんな気持ちなのだろうか、と勝手に想像した(多分違う)。ムスタカス、1度目の長期契約への闘いは完全なる敗北で終わった。
2018年の闘い
カンザスシティのファンに別れを告げたはずなのに、なぜかロイヤルズに舞い戻ってしまったムスタカス。希望する契約からは程遠かったが、パフォーマンス面ではそんなことを感じさせない、いつも通りの安定した打棒を発揮した。
ただ、チームはFAでエリック・ホズマー(サンディエゴ・パドレスと8年契約)、ロレンゾ・ケイン(ミルウォーキー・ブルワーズと5年契約)を失い、低迷期に突入したため、ムスタカスは7月のトレードデッドラインでの放出候補に度々名前が挙げられるようになる。そして7月28日、その噂通りムスタカスはブルワーズへトレードされることとなった。
初めてのナショナル・リーグでのプレーとなったが、ムスタカスはプレーオフ争い真っ只中のチームを支え、見事ブルワーズは7年ぶりの地区優勝を果たした。チームは優勝決定シリーズでロサンゼルス・ドジャース相手に辛酸をなめる結果となったが、ムスタカスは地区シリーズ第1戦でサヨナラタイムリーを放ったりなど期待通りの活躍を見せた。
シーズン後、オプションを破棄したムスタカスは再びFAとなった。キャリア最高のシーズンだった2017年よりは成績を落としたが、それでもシーズン通算では28HR、サード守備も安定し、今度こそ昨年果たせなかった長期契約を掴もうとしたが・・・
2017年に続いて、2018年のFA市場も輪をかけて厳しい状況だった。前年同等、あるいはそれ以上に選手の契約が遅く、最大の目玉といわれたブライス・ハーパーですら2月末になってようやく契約がまとまる有様だった(結果的に13年3億3000万ドルの契約をゲットしたので待った甲斐はあっただろうが)。
ムスタカスは昨年同様、希望に叶うオファーがなかなか来ないという状況に陥る。また、同じポジションのスターであるマニー・マチャドがFAだったこともあり、そのマチャドの契約もなかなかまとまらない状況が続いたため、サードの市場の動きが鈍化してしまった点もムスタカスにとっては不幸だった。
結局複数年契約を得られないまま、またもスプリングトレーニングの開始時点で所属球団が決まらなかったムスタカス。昨年よりかは幾らか早い2月17日に1年1000万ドルの契約でブルワーズに残留することが決まった。2年間の年俸で2017年のQO提示額にようやく届いたというのは本人にとっても全く本意ではないだろう。2度目の長期契約への闘いも敗北で終わってしまった。
2019年の闘い~3度目の正直~
トラビス・ショウをサードに据えたいというブルワーズ側の意向もあり、ムスタカスは初めてセカンドに挑戦することとなった。守備負担は増した上にそもそも30歳になっていきなりセカンドなんてやらせても大丈夫なのだろうか・・・と多くの野球ファンは感じただろうが、ムスタカスはそんな不安を結果で吹き飛ばす。
慣れないセカンド守備は意外にも軽快にこなし、UZR-0.1、DRS0とMLBの平均程度には守った。また、ショウの不調やケストン・ヒウラのデビューもあり、シーズン中盤からは再びサードに回る機会も増えたが、本職では相変わらずの安定した守備を披露し、チーム事情にも柔軟に対応した。
セカンド挑戦により守備負担は増すこととなったが、打撃には全く影響しなかった。HRは昨年以上のペースで量産し、2年ぶりの30HR以上となる35HRを記録。OPSも.845で2017年を上回る自己最高の数値を叩き出した。
そして迎えた3度目のFA挑戦。今オフもここ2年の例に漏れず、非常に動き出しの遅いオフとなっており、ムスタカスに関しても特段契約の噂はなかったが・・・
12月2日、突然シンシナティ・レッズと4年契約で合意したとの報が飛び込んできた!4年総額6400万ドルの契約であり、単年換算すると1600万ドル。2年間で2017年のQOに相当する額に甘んじていたムスタカスにとって、こんな安定を、しかも4年間も保障してくれる契約は願ったりかなったりといったところか。
3度目の正直にしてついにムスタカスは長期契約への闘争に勝利したのである。
おわりに
3度目の挑戦にして、ムスタカスはようやく長期契約を得ることができた。しかし、近年のFA市場の冷え込みにより、依然としてかつてのムスタカスのように長期契約に値する活躍をしているにもかかわらず、希望通りの契約を手に入れられない選手は多い。
FA選手がなかなか希望通りの契約を勝ち取れない現状について私がとやかく言う資格はないが、少なくとも活躍に見合うであろう金額・期間の契約を選手側が手に入れられるような環境になることを切に願う。
Photo by Keith Allison
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