バスカヴィル家の犬
ふと仕事中、思いついた。
「シャーロック・ホームズの『バスカヴィル家の犬』はあまりにも文学的な小説なので、一冊手元に持っていないといけない」
このコナン・ドイル著『バスカヴィル家の犬』は二、三年前に、図書館で借りて読んでいた。そのとき、この小説はなんて文学的なんだろうと感銘を受けたのを覚えている。それが今になって、仕事中、突然脈絡もなく、ふとそう思ったのだ。理由が自分でもまったくわからない。
しかし、早速家に帰ってAmazonで購入しようと、検索してみた。すると、あーあったあったと思っていると、あれ、違う表紙でもあるぞ、あっまた違う表紙もある、といくつも出てくる。
そして商品説明文を読んでみると、子供向けだったり、現代的な訳文とあったり、各出版社でかなり違っていることがわかった。カスタマーレビューを読んでみたら、違いがわかるかなと思い読んでみたが、混乱するだけで余計わからなくなった。ここまででざっと二、三十分はかかっている。
こんなに訳がわからないんなら買うのをやめようかとくじけそうになっていたとき、あるカスタマーレビューで、「多くの出版社からシャーロック・ホームズ全集は出ているので、『シャーロック・ホームズ 比較』で検索してみると、比較表が出てきて参考になりますよ」とあった。
おお、救われたと思って比較表を検索。すると各出版社について訳者、挿絵、注釈の違い、さらにはワトソン君の一人称、ワトソン君の呼称なんて項目もある。たとえばワトソン君の一人称は角川文庫が「ぼく」、光文社文庫が「わたし」、ワトソン君の呼称は新潮文庫だけが「ワトスン君」で、他はすべて「ワトスン」、といった感じだ。
[書籍]「シャーロック・ホームズの冒険」6冊+α読み比べ:出版社探し
しかしこれだけ詳細に比較してもらってるのに、決められなかった。決め手がないのだ。
ええいともうやけになって、表紙が一番気に入ったのにしちゃおうと今すぐ買うボタンを押そうとしたとき、あれ、俺が図書館で読んだのはどれなんだと思った。俺が図書館から借りたのにすれば間違いないじゃないか、と気づいた。
しかしどれを借りたのかまったく思い出せない。しかたなく各出版社の表紙をもう一度ひとつづつ出していって、記憶を辿った。これだったかなあ、いや違う、これだったかなあ、いやこれも違うとやって、最後のほうに出てきた表紙で、んっ? となった。
その表紙は黄土色の枠で縁どられていて、古風な絵が出ている。おそらく当時の挿絵と思われるその絵は、ホームズらしき男が黒くてばかでかい犬にピストルで撃つ瞬間が描かれている。
これは見覚えがある、これかもしれない・・・・・・いやこれだ、これに間違いないと確信した。それは創元推理文庫の深町眞理子訳だった。よかった、これにしてよかったと思いつつ、今すぐ買うボタンを押した。
本が届き、手に取って表紙を見た。やはり間違いなかった。
(冒頭より)
「シャーロック・ホームズ氏の場合、なにかの都合で夜どおし起きていることは必ずしも珍しくはないのだが、そうでないときは、いたって朝が遅い」
これだ、これだ。俺はこの文章を読んだんだ。あの時の文学的感動がよみがえってきた。
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