夢原案小説『よくあるパンデミック』 その5

※新型コ̻▢ナウイルス流行を受け、タイトル変更を検討しましたが、世に出たのはこっちの方が先なので、そのままで行きます。

※内容はスプラッタホラー・バトルアクション

これまでのあらすじ

ある日、ゾンビ化するウイルスが世界に蔓延した。「私」は甥を救えず、自身も感染・発症。しかし何故か症状が治まり、「私」は超人的な身体能力を手に入れた。出会った少年たちからウイルスはテロによるものだと聞かされ、過酷な世界を生き延びるために行動を共にすることを決めるものの、相次ぐゾンビの奇襲により少年たちは命を落としてしまう。



よくあるパンデミック その5(第三話前編)


 私の甥が死んでから、3ヶ月が過ぎた。


 ゾンビ化した人間・動物達の数はかなり減ったが、それは餓死によるものではなく、共食いの結果だ。つまり、今外を徘徊しているのは、簡単に殺すことができない手強いゾンビばかりなのだ。


 私は今都心部にいる。無駄な戦闘を避けるため、十二階建てのビルをまるごと占拠し、一人で暮らしている。このビルは建設中止になっていたようで中は無人が保たれており、生前の記憶を残したゾンビが入り込んだりもしない。電気と水道はないが、近くにはドラッグストアやコンビニがあり、数キロ先に川もある。生活の上で困ることはなかった。


 今日も窓から差し込む朝日で目覚めた。


 八階の窓から荒廃した街を眺める。微かに蠢くゾンビが何体かいるが、他は静寂そのものだ。向かいのビルが使っていたグリーンカーテンが伸び放題になっている。これから都市部はどんどん緑に覆われていくだろう。野菜でも育てながら、それを眺める余生も悪くない。


 水汲みに出かけようとペットボトルをリュックに詰めていると、はるか遠くで人の気配がした。下だ。聴力を上げ、ひんやりした床に耳を当てた。

 一階のロビーとなる予定だった場所に、足音が入ってきた。それも一人や二人ではなく、集団だ。二十人はいる。足並みが揃っているから、警察や消防、自衛隊といった訓練された組織。生きている人間に出会うことなどとっくに諦めていたというのに。

「……ここで合ってんのか?廃ビルだぞ……」
「……今はどこも廃ビルです、それに元から無人だったなら、隠れ家にはうってつけです……」
「……シートが所々裂けて、光が差し込んでる。住人がここを通るために明かりを入れてるんだとしたら……」

 生存者を探しているようだ。この地区には他の生存者がいない。となると、外から来た集団か。会話から考えるに、ゾンビ駆除や物資の収拾作業中の私が偵察の人間に目撃されていたのかもしれない。

 八階まで登ってくるのを待つのはさすがに焦れったいので、こちらから出向いていくことにした。

 窓を開けて顔を出し、下を見た。異常なし。音でゾンビがいないのは分かっていたが、寝ている個体は聞き逃しやすいのだ。そのまま地上に飛び降りる。四階の窓に放置されている工事の作業台でワンクッション入れて、着地した。

「……なんだ今の音は……」
「……上?いや外か?……」

 作業台にぶつかった音で数百メートル離れたゾンビがこっちに気付いた。動きは遅いから、先に人間達に会うとしよう。

「……誰か来るぞ!……」
「……生存者かもしれん!指示するまで発砲は控えろ!……」

 ブルーシートをめくり、ロビーに入った。銃口が一斉にこっちを向いた。

「動くな!」

 自動小銃を持った彼が隊長だろう。集団は男が二十五人。着ている隊服や構えている武器がまちまちで、ジャージで猟銃の者や剣道の防具に刺股の者もいる。正式な部隊ではなく、生き残りの寄せ集めといった感じだ。

 私は両手を上げながら言った。

「俺は敵じゃない。」

「そう言って襲ってきたゾンビを知っている。そもそもどうやって我々に近付いた。周囲を警戒していたんだぞ。」

 リーダーらしき、自動小銃を構えた男が問いかけた。生存者を探していた割には剣呑な雰囲気だ。

「あんたらが来たのは分かったから、上の階から飛び降りた。」

 八階からとは言わないでおく。

「ならばゾンビでないことを証明しろ。話はそれからだ。」

 まずい。彼らはかつての飼い主女のような、知性のあるゾンビにトラウマがあるみたいだ。ここは一か八か、

「悪いがそれは無理だ。俺は感染してる。あんたらが警戒してる、知性のあるタイプのゾンビなんだ。」

 ざわめき。男たちが明らかに警戒心を強めた。

「でも、さっきも言ったが敵じゃない。情報交換がしたくて降りて、」

ズドン!

 リーダーが発砲したのが見え、私はすかさず首を引っ込めた。辛うじて避けられた弾は脳を狙っていた。

「ちょっと待っ、」

 ……てはくれなかった。リーダーの発砲は合図なのだろう、銃を持っていたメンバーが一斉に撃ち始めた。私は飛び上がって壁を這い上がって逃げた。弾は避けられない速さじゃないが、数が多い。それに、

「痛っ!」

 手や脚に当たるとこの体でもちょっと痛い上、衝撃がある。壁から落ちそうになりながら、二階へと続くエスカレーターに向かった。

「逃がすな!一階で仕留めろ!」

 もとより逃げるつもりはない。エスカレーターの近くに落ちている鉄製の建築資材を見つけたのだ。

「ふんっ!」

 腕や脚の筋肉を収縮させ、体に残っている弾を、パチンコ玉くらいの勢いで跳ね返した。

「うおっ!何か飛んできたっ!」
「撃ち返してきてます!」
「怯むな!撃て!」

 隙は一瞬で十分だった。一気にエスカレーターの足元まで飛び、二メートルほどのパイプ状の鉄資材を拾い上げた。

「武器を持ちやがった!」
「刺股、前に出ろ!」

 杖術など知らないが、長く重い鉄パイプを軽々振り回すだけの身体能力と、銃弾を追えるだけの動体視力はある。私はパイプで銃弾を弾きながら彼らに迫って行った。

「俺は戦闘を望まない!跳弾でけが人が出る前に攻撃を止めてくれ!」

「うるせぇ化け物が!」
「交渉の余地はない!お前は危険すぎる!」

 困った。弾切れを待つべきか?しかし男達を完全に制圧しても、敵視されたままでは情報を教えてくれはしないだろう。

 鉄パイプを回しながら悩んでいると、彼らの中から悲鳴が聞こえ、男の一人が吹き飛んで行った。リーダーが振り返る。

「どうした?!」
「新手のゾンビです!」

 さらに悲鳴、刺股を持った男が胴体を引き裂かれるのが視界の隅に映った。

 さっき遠くに居たゾンビがもう到着している。一目でやばいと分かる風貌だ。溺れたのだろうか、水死体のように顔は膨らんで緑に変色している。両腕にはそれぞれ子供ゾンビの上半身が生えており、その重すぎる両腕を前に垂らし前屈気味だ。両腕の子供ゾンビのそれぞれの胸や腕からは、やけに鋭利な骨が飛び出してクワガタの顎のように閉じたり開いたりしていて、この骨で先程の男は真っ二つにされたのだろう。

 水死体ゾンビがザリガニに似た右腕を振り上げた。近くの巡査服の男が拳銃を発砲するもビクともしない。

「どいてろ!!」

 私は巡査服の男を蹴飛ばし、鉄パイプで子供ゾンビを受け止めた。パイプが骨バサミに切断されたが、おかげで扱いやすい長さになった。切り口を子供ゾンビの顔面に突き立てる。

「いだぁぁぁいぃぃぃ!!」

 水死体ゾンビの本体は腕の方か。左腕が襲いかかってきたので、身を翻して躱し、切り落とされた方のパイプ片を拾って、ゾンビの後頭部に突き刺した。こちらは断末魔なく、床に崩れ落ちて動かなくなった。

 振り返ると、男達があっけにとられていた。リーダーの男さえも、指示すら忘れてこっちを見ている。

「この辺は人が多かった。たくさんのゾンビが生まれて、共喰いをして、生き残ったゾンビはこんな禍々しい形になった。」

 水死体ゾンビはもう動いてない。腕の二人の脳で動いていたみたいだ。

「今は俺も五体満足だけど、腕が増えたり減ったりしたこともある……理性は残ってるから、誰かにウイルスを移さないように細々と暮らしてる……」

 何人かの男がリーダーの方を見た。

「あんたらの目的は生存者探しと……食糧か?俺の備蓄を分けてもいいし、近くの店にもまだ在庫があるはずだ。隠れ家ならこのビルを使うといい。空きはいっぱいある。」

 リーダーが銃を下ろした。

「我々は君のことを誤解していた。どうか許して欲しい。」

「俺もあんたの仲間を助けてやれなかった。」

 水死体ゾンビが入ってきたのは俺のせいな気もするが、あれだけ銃声を鳴らしていればどの道ここに来ただろう、話がこじれそうなのでそこには触れない。

「君の推察通り、我々は生存者・食糧・隠れ家を探してきた。だが、君の力を見て、それとは別に頼みたいことがある。」
「おいマジかよリーダー!」
「自分も反対です、あれだけ知性と身体能力があるゾンビは危険すぎます!」
「だが現状を打破できるのは彼しかいない。」

 反対していた二人が黙り込んだ。私が考えている以上に、彼らの状況は複雑なのかもしれない。

「俺はこのゾンビの死体片付けてくるから、その間にどうするか決めてくれ。死んだ二人はどうする?大した手間じゃないし、埋葬しておこうか?」


 結局、彼らと私は協力することになった。リーダーと、意見していた二人、それに私が直接助けた形となった巡査服の男の四人が、ビル二階の会議室に集まっていた。

「オレらはまだてめぇのこと信じたわけじゃねえからな。」
「裏切る素振りを見せれば射殺します。」

 この二人は見張りということらしいが、二十五人がかりでも私を殺せなかったことを忘れてしまったのだろうか。

「およしなさい、二人とも……すみませんねぇ、私も同席させてもらいます。さっきはどうも。命拾いしました。」

 巡査服の男は、年は五十代に差し掛かったという所か。物腰柔らかな態度の人物だった。若い反対派二人を諌めてはいるが、目は少しも油断していない。私の事を信用に足るかどうか、見定めにきたのだろう。

 リーダーが口を開いた。

「さっきも少し触れたが、我々は生き残りを各地で、安全な隠れ家を探している。食料や武器もね。私は自衛隊でも警察でもないが、サバイバルゲームを趣味としていてね、自衛隊員の死体からこの銃を拝借し、今はこの集団を率いる立場だ。」

 男の口ぶりに傲りは感じない。控えている反対派の二人も男の自己紹介を自然に聞いている辺り、リーダーそのものに不満がある訳ではなさそうだ。ただ知識があるだけでは組織のリーダーは務まらない。私を真っ先に撃った時のような、決断力がこの男にはあるのだ。

「こちらの知っていることは全て話そうと思うが……まず、何を知りたい?」

 警戒はされているものの、情報交換の流れにはなった。

「この社会に何が起きたかを、出来るだけ詳しく。俺が知っているのは、ゾンビ化するウイルスは人間が作って広めたってことだけだ。それで人類がどれだけ減ったのかとか、バイオテロを仕掛けた組織が何者なのか、とかは知らない……その代わり、一人で過ごした3ヶ月の間に、俺自身の体のことや、ゾンビとの戦い方なんかは詳しくなった。俺に頼みたいことってのがその範疇に収まるといいが。」

「なるほど……君とはいい協力関係がきずけそうだ。我々の提供できる情報はちょうど君の逆、ゾンビの事は君に及ばないだろうが、社会に起きた事は理解している。」

「ガスマスクの連中のこともか?」

「ああ。やつらはテロリスト。何年にもわたってインターネットで密かに集められた、『世の中に不満を抱く人間』達で構成されている。」

 ずいぶん漠然とした特徴だ。宗教や政治絡みではないのか。

「気に入らないものや憎い人間に一矢酬いる、というのが行動理念らしくてな。金持ちの住むベッドタウンや大企業の本社に集団で現れ、ウイルスをばらまいた。これが全世界で同時多発的に起きた。」

「それは……テロと呼んでいいのか?通り魔的な無差別殺人にも聞こえる。」

「その疑問はよくわかる。だが、我々は一度ガスマスク集団の幹部の一人を捕らえている。そいつの話によると……ばらまいたのがウイルスだとは知らなかったという。」

 私は言葉を失った。それが何を意味するかが分かったのだ。

「彼らは殺傷力の低い劇物を撒き散らすんだと、そう聞かされていた。だが実際に使われたのはあのゾンビ化ウイルスだった。」

「ガスマスク集団は、利用されてた……」

「そうだ。黒幕がいる。ネットでならず者やはみ出し者を集めて唆し、悪戯に見せかけたテロを実行させた。」

中身があんなウイルスならば、ガスマスク集団も無事では済まない。これは口封じも兼ねている手口だ。

「全世界同時多発・自爆バイオテロ……電気や水道、通信といったインフラは止まったきり戻らない。最初こそ警察・消防・自衛隊も動いたが、今は全く見かけない。生き残りはどこかにいるだろうが、国は滅んだ。日本だけでなく、全ての国がだ。」

 文明の崩壊、人類の滅亡。意外にも、どこか他人事に感じた。実際に起きて、確実にその波に呑まれているはずなのに……なぜだ……?

「我々以外の生き残り集団も知ってるが、それでも十数人ほどの少人数だ。」

 ……分かりきったことだ……兄弟を救えなかったあの日以来、私はどこか淡白になったからだ……生活に『実感』を失ったのだ……

「……黒幕はまだどこかにいるのか?」

 ノーリアクションと思われないようにとっさに出た質問だったが、空気が変わった。

「君への頼みというのが、それに関することなんだ。」

「え?」

「ここからが本題だ。我々は、黒幕の娘と接触した。」

 黒幕の……娘?

「日本にいるのか?」

「ああ。居場所は分かっているし、彼女の話からすると、黒幕も日本にいる。ちなみに娘は日本人で、黒幕と見られる父親も同じだろう。娘が十七と言っていたから、父親は四十から五十代と見ている。」

 ……そこまで絞れているのか……殺さなくては……脳の奥がヒリヒリと痺れた。

「我々は黒幕を捕えなくてはならない、ウイルスへの対処法を知っているかもしれないからね。ただ問題が起きてしまっている。彼女が我々への協力を拒んでいるんだ。」

黒幕ならウイルスに対処出来る、という発想が抜け落ちていることに気付き、私はリーダーの話に意識を戻した。

「拒むって……この事態になってもか?」

「恥ずかしい話だが、我々は彼女に信用されていない……強姦魔だと思われているんだ。」

 ご、強姦魔?

「さっき言った、我々以外の生き残りの人間達とは、元々行動を共にしていたんだ……一週間前、強姦事件が起きるまではね。」

 リーダーの後ろで、巡査服の男が険しい顔をしていた。反対派の二人もこの話題に嫌悪感を示している。

「我々が娘を保護したちょうどその日に、集団の中で強姦事件が起きた。彼女は事件を起こした男二人を殺し、戻れば命はないと脅して、他の男全員……つまり我々を追い出した。」

「なあ待て、まるでその娘が一人であんたらを追い出したみたいな言い方に聞こえるんだが……」

 男二十五人を、武器もろとも追い出す?いくら男が憎くても、仮にそれが出来たとしても、集団の生存戦略としては自殺行為のはずだ。

「彼女は本当に一人で我々を追い出した。それができた。君と同じく、彼女はゾンビなんだ。理性もあり、君と同じく超人じみた戦闘能力もある。」

この日一番の驚きだった。そして、なぜ彼らが有無を言わさず私を攻撃したか合点がいった。なぜ、私を必要とするかも。

「彼女は、今後女達は自分一人で守ると宣言したが、それはお互いに不利益でしかない。我々は彼女と交渉するつもりだ。君にはその際、彼女に対する抑止力となってもらいたいのだ。」


後編へ続く。

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