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むき出し読後感

何年も前から少しずつ書きためていたという兼近大樹の小説「むき出し」。
地方ゆえ、発売日翌日でないと入手が難しい。10月28日自宅に届くのを楽しみにしていた。
郵便配達が来るのはいつも午後なので、昼食後自宅の周りを晩秋の暖かい陽射しに照らされた街路樹がその表紙みたいだなぁと、うまくもなんともない写真を撮りながらプラプラと散歩をした。
横断歩道を渡って自宅と反対側の歩道を歩いていると向かい側に赤いバイクを見つけたので急いで帰宅し、ポストから封筒を取り出し中身をむき出した。


プロローグには現在の大人になった売れっ子漫才師石山が。
どうしたって著者、兼近大樹とオーバーラップする。
見たことあるぞ、この番組。

次の場面からは幼少期の彼が描かれているのだけれど、それは前日まで読んでいた本の内容と重なっていてちょっと驚いた。
石山に発達障害があったのかどうかはわからないし、寂しさを埋めるためや、環境によるものかもしれないけれど、教師の気を引くための手段として何が正解かわからない子供が問題行動を起こす、それを教師に咎められる。
どんな反応であれ気を引くことができるとそれが成功体験になってまた問題行動を繰り返す。
教師はほんの些細なことでもいいから誉めるべきだったのに、子供のみならず教師もまた間違った方法をとってしまい悪循環に陥るという話し。
石山はずっとこの方法で生きながら、あるとき彼なりの正義感から、しかし間違ったやり方で起こしてしまったできごとをきっかけに変わりはじめる。
彼は自分の中の違和感を認め、失敗を繰り返し、もがきながらも自身で考えを変え、いわゆる全うな人間になっていく。

誰でも持っている心の闇みたいなものは他人に知られたくないが、自分自身だけは認めないとその闇に喰われて心を病んだり、他者を攻撃するモンスターみたいな人になってしまうんじゃないかと思うのだけれど、それでも弱点はなかなか認めたくはないものだ。
これは勿論小説なのだが、著者のファンであれば知っているエピソードであふれ、まさになにもかもむき出しにしている。
ここまでさらけ出し、これが書きたかったという彼はとても強い人だと思うし、書くことによって彼自身が負ってきた傷を少なからず癒せたのかもしれない。
負の感情は吐き出さないとその傷口は内側から腐っていくから。


石山の幼少期は貧しい。
これが平成の日本だろうか?というのがストレートな感想だ。
我が家も離婚直後はそこそこ貧しくて、引っ越して1年半くらいテレビもない生活だったし(しかしテレビが視られるパソコンはあった)給料日前の休日、お昼に食べるものを買うお金がなくて、かろうじてあった小麦粉でパンを焼くということもあった。
そして「今日はお休みなのでパンを焼いてみました~」と、SNSに写真をアップし、リア充を装ったりしたものだ。
それでも石山よりはずいぶん普通の生活をしていたと思う。
彼の家庭は貧しいだけじゃなく不衛生だし、大人は自分達のことで精一杯で子供たちへの細やかなケアはされない。
日本国憲法第25条の権利さえ満たされていない。
それどころか祖父から理不尽な暴力まで受ける。
後に石山はそれでも大人たちは子供の頃自分が思っていたよりずっと優しかったんじゃないかと考える。
え?そうか?本人がそう思うならいいけど、、、なかなかそんな考えには至らないよな、普通。

普通、それは私の普通であって、違う人から見たら私の世界は普通じゃないかもしれないし、誰かの普通も私にとっては普通じゃないかもしれない。
普通、忙しい日の夕飯の作り置きはカレーライスであって、牛すじ煮込みとかもつ煮込みじゃないよね?

石山にとっては彼が生きてきた人生が、殴られることが、嘘を吐くことが、寂しいのが普通だった。
そして著者である兼近大樹は今とんでもなく普通とはかけ離れたスターになっている。

一体普通とはなんだろう??

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プロローグでも触れられている週刊誌の件。
あの出来事の直後、テレビである人気ヒップホップグループのメンバーたちの生い立ちを知った。
そのうちの一人は事件を起こしたあと、奇しくも私の地元の少年院にいたそうだ。
Twitterで彼らの生い立ちとかねちの生い立ちがダブってしまうとフォロワーさんと話をしたところ、相方のりんたろー。さんからいいねがきた。
エゴサの鬼とはいえ、自分の名前が出ていないツイートにまで、しかもラリーが続いた会話の深いところまで読んでいるとは!!
ありがたいことにりんたろー。さんからは何度もいいねを貰ったけれど、そのときほど激アツないいねはなかった。

物語はりんたろー。さん、いや、漫才コンビentranceの中島と石山の出会いのシーンと二人のラジオのトークで締めくくられている。
読んでいる途中何度も涙が出たり胸が締め付けられるシーンがあったけれど、最後は全く違った感情で同じ現象が起こる、そんな小説だった。






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