お気に入りのものは、自分の欠片
備忘録的に。
夫とドライブ途中に話をしている時に出てきたことば。
「お気に入りのものは、自分の欠片」
「好きなものは自分の本質を具現化したもの」
だから手にしていると、自分が守られているような感覚や、気持ちを強くしてくれているような感覚になる。
それは、別に高価なものに限らない。
自分の感覚にピタッとフィットするもの。
しっくりくるもの。
服だったら、袖を通すと、その人をより輝かせるだろう。メイクやヘアスタイルもそう。
その人の本質を浮かびあがらせるから、個のオーラがくっきりとしてくる。
反対に、流行っているから。
安くてお買い得だったから。
周りの評価が良いから。
そういった条件だけで選んだものは、自分の感覚で選んだわけではないから、不自然さ、違和感を生む。
そして、周りの評価を目的に選んだとすれば、それが得られなければ満足感を味わうことができない。
仮に、周りの評価を得られたとしても、自分の心とつながった状態ではないので、正体のわからない不満が募っていくだろう。
その不満を埋めようと、それ以上の評価を望もうとすれば、負のループにはまる。
自分の感覚とつながる。
一つでも、そういった行動を起こしてみると、どんどん付随して、感覚とつながれる体験を味わうことになろう。
例えば、どうしても行ってみたい場所がある。
なぜか、心がときめく。
どうしても行ってみたくてたまらない。
勇気が出ない。
でも、やっぱり心にしたがって行ってみよう。
なぜか「どうしても」と選んだ行動には、勇気が必要だったり、大きな壁を乗り越えなければならなかったりすることが多い。
それでも、行動に移した先には…
その場所で見た景色は、心を震わせ、自分の人生を変えるきっかけになり、何かを創り出すエネルギーに変わりうるかもしれない。
その場所で出会った人は、生涯において、出会うべくして出会った大切な人となるかもしれない。
どんな未来が待っているか想像できないが、心にしたがうことを大事にすれば、自分の心と、つながる体験ができることは間違いない。
それは、まやかしではない、真のよろこびや、幸せを味わうことになること。
これも、きっと真実だと思う。
結構、これ、
すごい話だと思うのだけど、
どう思う?
こんな話ばっかりしてます。
サポートとそのお気持ちは、創作や家族の居場所づくりのために還元できたらと思ってます。