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22.何が問題かを明らかにするー加賀の「こおろぎ橋」ー


情報を収集して何が問題かを明らかにする

 深い谷のように橋脚を立てるのが困難な場合には、桁橋けたはしに替わる新たなアイデアが必要である。いにしえの時代にも、創造的思考によるイノベーションが起きた。

 国内では、豊富な木材を利用した片持梁かたもちばりのアイデアが実用化され、刎橋はねばし桔橋はねばし)形式が広がった。「甲斐の猿橋」、「越中の愛本橋」などなど。

 当初、日光の神橋も同じ刎橋形式であったが、1636年(寛永13年)の東照宮建替工事の折に、「神橋」は刎橋と桁橋との折衷構造の素木造りしらきづくりの橋に架け替えられた。
 しかし、主桁(乳ノ木)の端部が土中に埋設されたため腐食の問題は解決されず洪水による橋脚の流失リスクは増した

 深い谷を橋脚を立てずに渡る橋の実現に向けて、さらなる進化が進められたことは想像に難くない。解決すべき問題は、①主桁の腐食対策②橋脚の流失リスクの回避である。

大聖寺川だいしょうじがわに架かる「こおろぎ橋」

 石川県加賀市山中温泉を流れる大聖寺川に架かる「こおろぎ橋」は、江戸時代(元禄年間)に架けられたと伝わる。その名の由来は、かつて行路が極めて危なかったので「行路危(こうろぎ)」と称された説、そのまま秋の夜に鳴くこおろぎの声に由来する説がある。

 江戸時代、前田利家を藩祖とする加賀藩は、加賀、能登、越中の三カ国の大半を領有した。
 
ならば、北陸随一の渓谷美を誇る名所鶴仙渓かくせんけい」に架かる「こおろぎ橋」は、「越中の愛本橋」を参考にした刎橋はねばし形式であった可能性がある。

 その後の歴史は不明であるが、1941年(昭和16年)、現在のひのき造りの|方杖橋《ほうじょうばし》になったとされる。
 1990年(平成2年10月)には、3代目「こおろぎ橋」が架けられたが、かつての形や構造をほとんど変えなかったとされる。
 2019年(令和元年10月)には、老朽化のため、加賀市が4代目「こおろぎ橋」に架け替えている。

3代目「こおろぎ橋」の風情

 3代目「こおろぎ橋」は、橋長:20.8m、支間:17.4m、全幅:4.0m、水面までの距離:約12m、総檜造りの方杖ほうじょうで、車道橋(3トン制限)である。
 冬期には過去10年間で最大積雪:1.7mの寒冷地に架けられた橋である。

 主桁を両岸から張り出した斜め材方杖ほおづえ5列で支え、それをさらに副方杖5列で2重に支えて補強した。そのため、方杖と方杖の間の中央部主桁は三層である。

 「方杖形式」が採用された「こおろぎ橋」では、「日光の神橋」で解決すべき問題とした①主桁の腐食対策②橋脚の流失リスクの回避が実現されたのである。
 すなわち、主桁の岩盤への埋め込みがなくなり、河川中への橋脚の設置が回避されており、刎橋➡刎橋と桁橋の折衷➡方杖橋へと進化が観られる。残念ながら、何時、誰が方杖橋を設計したのか?詳細は不明である。

写真1 山中温泉の大聖寺川に架かる総檜造りの3代目「こおろぎ橋」
写真2 紅葉に溶け込む3代目「こおろぎ橋」は5列の方杖で支えられる

 使用木材は、台湾ひのきと国産の唐松で、合計593部材で構成され、腐朽対策として、木材にはCCA(クロム・銅・ヒ素化合物系木材防腐剤)の加圧注入処理が施され、めっきボルトで接合・固定されている。

3代目「こおろぎ橋」の架け替え

 2015年(平成27年)に行われた調査で、剛性低下に伴う耐荷力低下が指摘され、2019年(令和元年10月)の架け替えに向けて、2017年(平成 29年)から架替え事業が計画され、現状調査が行われた。(文献参照)

 近接目視調査の結果、雨水などによる主桁の腐朽腐葉土堆積による方杖木の 腐朽方杖受台や枕土台の基礎付近の土砂堆積、橋床面では敷板の腐朽輪荷重の衝撃と推定される欠損などが報告されている。

 現在のまま復元を行った場合、構造条件および環境条件を変更しなければ同様の損傷が生じる可能性が高いとし、復元後の耐久性向上に向けて損傷原因を明らかにし、その対策が施された。

図1 3代目「こおろぎ橋」の主な損傷個所 出典:建設コンサルタンツ協会

4代目「こおろぎ橋」での耐久性向上策

 2019年(令和元年5月)に架け替えに着工し、同年10月に架け替え工事が終了した4代目「こおろぎ橋」は、3代目の復元をめざした総檜造りの複方丈橋で、総事業費は2億2800万円であった。

写真3 4代目「こおろぎ橋」全景 出典:福岡大学 木橋資料館

雨水などによる主桁と柱基部の腐朽への対策

  新設部材には防蟻ほうぎ・防腐剤の加圧注入を行い、防腐効果のある木材保護塗料を塗布する。さらに水分接触面には銅板被覆を行う。

 主桁には敷板からの漏水原因となる上面に銅板を設置し、柱基部では柱と方杖木を対象に、基部から100mmを4面ともに銅板で被覆した。
 銅板被覆は水分の侵入を防止す るとともに、銅成分溶出による抗菌効果が期待されている。

 また、横梁の木口部には、雨水の侵入防止のために小屋根が設置されている。

図2 柱基部の腐朽対策 出典:建設コンサルタンツ協会、写真は福岡大学木橋資料館より

狭隘部への土砂や落ち葉の堆積防止対策

 構造的に上向きに鋭角となる部位には、飛来する土砂や落ち葉がたまりやすい。しかし、主要部材の構造変更は景観に大きな影響を及ぼすため、カバーなど付属部品の追加設置で対応された。

 具体的には、カバー材は上部に傾斜勾配を持つ木材とし、上向きの鋭角部に固定して、土砂や落ち葉の堆積を防止するようにした。



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