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29.異彩を放つイタリアの木造橋ーベネチアのアカデミア橋


 

鋳鉄アーチ橋から木造アーチ橋への道

 15~16世紀に入ると、石造り「半円アーチ橋」から「扁平円弧アーチ橋」への技術革新が生じた。半円アーチ橋では橋の高さが径間(スパン)の半分となるが、扁平円弧アーチ橋では橋の高さを抑えてスパンを長くできる。
 このような偏平円弧アーチ橋への移行を可能とした裏には、アーチ橋の設計技術の大きな進歩があった。

 一方、欧州では15世紀に入ると「木造橋」の建設も活発化し、17~18世紀に最盛期を迎える。それまで主流であった石造りアーチ橋では実現できなかった新たな木造もくぞうアーチ橋の出現である。
 木材は石材に比べて圧倒的に軽量であり、引張や曲げに対する強度にも優れており、トラス構造などの開発により短期間での架橋を可能とした。

 その後、18世紀後半に英国で始まった「産業革命」により、1779年にセヴァーン峡谷のコールブルックデール(Coalbrookdale)に、鋳鉄製アーチ橋「Iron Bridge(アイアン・ブリッジ)」が架けられる。
 新開発の鉄材は、木材に比べて圧倒的に強度と剛性に優れており、木材では限界があった設計の自由度に格段の進歩をもたらした。
 
そのため19世紀に入ると、世界的に石材や木材を使ったアーチ橋を超える長大鉄橋が実現する。

 しかし、石造りアーチ橋を発展させた旧ローマ帝国の地であるベネチアでは、Canal Grande (カナルグランデ、海水運河)に、鋳鉄製アーチ橋から木造アーチ橋に架け替えられた「アカデミア橋」が、現在も残されて異彩を放っている。

カナルグランデに架かる石造りアーチ橋「リアルト橋」

 現在、ベネチア本島には逆S字型にカナルグランデが走り、4つの橋が架けられている。西側の運河入口から順に、「コスティトゥツィオーネ橋」、「スカルツィ橋」、「リアルト橋」、「アカデミア橋」である。

 最も古くて著名な「Ponte di Rialto(リアルト橋)」は、1180年に船を並べてロープでつないだ「浮橋」であったと伝わる。
 その後、木造の「跳ね橋」に架け替えられたが、1444年の水上パレードで群衆の重みにより落橋し、また火災を受けるなどで修復が繰り返され、1558年に「石造りアーチ橋」への架け替えが決まった。

 現在の「リアルト橋」は、建築家Antonio da Ponte(アントニオ・ダ・ポンテ)の設計で、1588年に着工し、1591年に完成した。橋長:48m、全幅:22m、アーチスパン:27.7m、水面からの高さ:7.5mの、美しい大理石造りの単スパン扁平円弧アーチ橋である。

 橋の維持・管理費調達のため、賃貸の屋根付き商店街(コリド-ル)が橋上に設置され、全幅の中央部と両側部分に歩道を配した人道橋である。カナルグランデには、石造りアーチ橋が実に良く似合う。

 工事は軟弱な地盤対策のため長期にわたり、深さ10mほどの砂混じりの粘土層(カラント)に1橋台あたり6000本の木杭が打ち込まれ、その上にユーゴ産の石材を積み上げて基礎が造られた。

写真1 カナルグランデに架かる最も古い「リアルト橋」 

カナルグランデに架かる木造アーチ橋「アカデミア橋」

 カナルグランデに2番目に架けられたのが、「Ponte dell'Accademia(アカデミア橋)」である。大運河の南に位置するGallerie dell'Accademia(アカデミア美術館)へ至る人道橋である。

 アカデミア橋は、1854年11月に、英国人技師のAlfred Neville(アルフレッド・ネヴィル)による設計で、鋳鉄製アーチ橋として開通した。

 その後、老朽化で石造りアーチ橋に架け替えることになり、新しい橋の設計が決まるまで、暫定的に木造アーチ橋が技師Eugenio Miozzi(エウジェニオ・ミオッツィ)の設計で架設され、1933年1月に開通した。
 橋長:約80m、全幅:約5m、アーチスパン:約46m、高さ:約4.2mの木造アーチ橋である。橋の北側には木々が生い茂り、木造橋もカナルグランデに良く調和している。

写真2 カナルグランデに架かる2番目に古い「アカデミア橋」

 1985年に架け替えが行われたが、ミオッツィの設計と同じ構造の木造アーチ橋が架けられ、現在に至っている。ボルト締結による組み立ては従来通りであるが、目立たないよう鋼製梁による補強が施されている。

写真3 鋼製梁による補強が施された「アカデミア橋」出典:福岡大学木橋資料館

カナルグランデに架かる石造りアーチ橋「スカルツィ橋」

 カナルグランデに3番目に架けられたのが、「Ponte degli Scalzi(スカルツィ橋)」である。スカルツィ教会(サンタ・マリア・ディ・ナザレ)の前に架けられた人道橋である。
 また、ベネチア・サンタ・ルチア駅の近くにあるため、Ponte della Stazione(駅の橋)、Ponte della ferrovia(鉄道の橋)とも呼ばれている。

 1858年、「アカデミア橋」を設計したアルフレッド・ネべィルによる設計で、良く似た鋳鉄製アーチ橋が開通した。
 しかし、高さが4mでマスト付ボートの通行の妨げとなり、工業的な景観が周囲の構造物と調和しないこと、鋳鉄の構造的な欠陥の露呈などから、20世紀初頭に架け替えが決まった。

 現在の「スカルツィ橋」は、木造の「アカデミア橋」を設計したウエジェニオ・ミオッツィの設計で、1932年5月に着工、1934年10月に完成した。
 橋長:約56m、全幅:約8m、アーチスパン:約44mで、石造り単スパン扁平円弧アーチ橋であり、周囲の景観に良く調和している。

 鉄筋、鉄筋コンクリート、鉄の部品を使用せずに、イストリア石灰岩の切石で架けられた橋には、特殊な金属リブが使用されたとのことである。
 諫早眼鏡橋の移設の際に使われた、石材のずれ防止用の|太柄鉄だぼてつ》や接合用の|千切鉄ちぎりてつ》などの技術が想起される。

写真4 カナルグランデに架かる3番目の橋「スカルツィ橋」

 1987年に、「ヴェネツィアとそのかた」が、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。もちろん、「リアルト橋」、「アカデミア橋」、「スカルツィ橋」も含まれている。

 その後、2008年には、カナルグランデの西端に4番目となるPonte della Costituzione(コスティトゥツィオーネ橋)が架けられた。
 スペインの建築家Santiago Calatrava Valls(サンティアゴ・カラトバ)の設計により、未来的なガラス張りの鉄骨製単スパン扁平円弧アーチ橋である。周囲の景観との調和の感じ方は、人それぞれであろう。


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