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27.異彩を放つ英国の木造橋ーケンブリッジの数学橋


石造りアーチ橋から木造アーチ橋へのイノベーション

 古代ローマ帝国の建国は紀元前753年とされているが、その最盛期には、欧州各地でアーチ水道橋が建造された。スペイン・セゴビアの中心部に建造されたセゴビア水道橋(Aqueduct of Segovia)は、現存する水道橋の中でも最大規模である。 
 紀元1世紀頃に建造され、中央部分は2層構造(2階建て)で高さは基礎部分を含めて最高で28mに達する。橋長:728m、全幅:4mの花崗岩製の多連アーチ橋で、スパン:約6mの半円アーチが119基も整然と並び、大小合わせて166基のアーチが確認できる。

 その後、395年にローマ帝国は東西に分かれ、476年にローマを首都とする西ローマ帝国が滅亡し、1453年にはコンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国が滅亡する。
 この長い期間に、石造りアーチ橋の技術は、欧州の隅々まで浸透する。

 15~16世紀に入ると、石造りアーチ橋が半円アーチから扁平円弧アーチへと技術革新が生じる。半円アーチ橋では橋の高さが径間(スパン)の1/2となるが、扁平円弧アーチ橋では橋の高さを抑えてスパンを長くとれる。
 石造りアーチ橋の建造は、あらかじめ組まれた支保工の上に煉瓦や切石を積み上げて架橋される。しかし、偏平円弧アーチ橋が造られ始めたころ、支保工をはずすと落橋するケースが多発したため、アーチ橋の設計技術が大きく進歩した。

 一方、欧州では、木造橋の建設は15世紀に入って活発化し、17~18世紀に最盛期を迎える。それまで主流であった石造りアーチ橋では実現できなかった新たな木造もくぞうアーチ橋の出現である。石材に比べて圧倒的に軽量であり、引張や曲げに対する強度に優れた木材の特性を生かし、短期間での架橋を実現した。

英国ケンブリッジのケム川に架かる石造りアーチ橋

 英国ケンブリッジ大学(University of Cambridge)では、学内を南から北へとケム川が流れており、大学とカレッジ(学寮)を行き来するために多くの橋が架けられている。ケンブリッジ(Cambridge)は、ケム川に架けられた橋という名前の由来である。

 クレア・カレッジに通じる「Clare Bridge(クレア橋)」は、1639~1640年に架けられた3連石造りの半円アーチ橋である。
 ケンブリッジに残された最も古い橋で、Thomas Grumbold(トーマス・グランボールド)により建設された。石造りの高欄上には、14個の球体飾りが擬宝珠のように飾られている。

写真1 ケンブリッジに残された最も古い「クレア橋」

 セントジョーンズ・カレッジの付近には、2カ所に石造りアーチ橋が架けられている。

 「Wren Bridge(レン橋)」は、「St. John's Old Bridge(セント ジョンズ オールド ブリッジ)」、「The Kitchen Bridge」とも呼ばれている。
 1709~1713年に架けられた3連石造りのやや扁平なアーチ橋である。ケンブリッジに残された二番目に古い橋で、Christopher Michael Wren(クリストファー・レン)卿の設計である。高欄の彫刻が美しい。

写真2 ケンブリッジに残された2番目に古い「レン橋」

 「Bridge of Sighs(ため息橋)」は、「New Court Bridge(ニュー・コート橋)」とも呼ばれており、セントジョンズカレッジのニューコートとサードコートを結んでいる。
 1831年に架けられた石造りの屋根付き扁平アーチ橋である。ゴシック・リバイバル様式で、Henry Hutchinson(ヘンリー・ハッチンソン)により設計された。 

写真3 ケンブリッジで人気の高い「ため息橋」 

クイーンズ・カレッジに架けられた「数学橋」

 ケンブリッジでは架橋年代を追うことにより、石造りの半円アーチ橋やや扁平アーチ橋単スパン扁平アーチ橋へと進化する様子が観てとれる。

 しかし、異彩を放っているのが、クイーンズ・カレッジに架けられた「数学橋(Mathematical Bridge)」である。

 この数学橋は、William Etheridge(ウィリアム・エサリッジ)により設計され、1749 年にJames Essex(ジェームズ・エセックス)により架橋された。公式名称は木造橋(Wooden Bridge) で、トラス構造の下路式扁平アーチ橋である。
 1866 年と 1905 年に 2 度再建されたが、同一デザインで架橋された。橋長:約14m、全幅:約2mである。

 橋桁は直線状の木材で構成されており、アーチを形成する接線部材と、それを束ねる放射部材が三角形(トラス)構造を形成しており、各部材はボルトで締結されている。
 接線部材はほぼ完全に圧縮状態にあり、 放射部材はほぼ完全に引張状態にあり、これらの部材にはほとんど曲げ応力が作用しない。トラス構造独特の特性を示している。

 また、両岸の石造りの橋台で、橋桁が固定支持されている。写真からも分かるように、アーチ橋はその下を船がくぐるのに有効な構造である。

写真4 クイーンズ・カレッジに架かる「数学橋」


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