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あちらもどうやら世知辛い

 時間帯は夜9時、帰り道に公園を通ったら一人の子どもが遊具で遊んでいた。

そこまでは良かったのだが、周りに親がおらずその子ども自体も異様であった。暗闇の中で分かるほど異様に肌が白く、麻袋のようなワンピースを纏って滑り台を滑っていた。

 こちらを振り向くと目の中が黒く、そこには眼球がなかった。いや、眼球全体、角膜が真っ黒というべきだろうか、黒いガラスが公園の蛍光灯を反射して映っていた。

 そんなに暗い時間じゃないのに見てはいけないものを見てしまった。私はその場をなかったことにして立去ろうとした。

「あ、ああああそそぼぼぼうよ。」

 壊れた音楽のように歪な声が聞こえる。相手にバレてしまった。これは良くない。

 勿論わたしはその声を無視して、聞こえていないフリをして歩く速度は変えず早く公園を抜けようと歩いたのであるが公園の出口に行ったところでまた公園の入り口に来てしまった。麻袋を着た子どもは私の元に駆け寄ってくる。

 どうやらこの公園から抜け出せなくなっているらしい。これは厄介なことになってしまったと思った。

 子供は裾を掴む。その手は爪がぎざぎざと書かけており白い肌には黒い点がいくつかつけられていた。タバコの痕のようだった。

「あそぼううううよ」

 子どもは今度さっきよりもはっきりと人らしい発音で発した。

「嫌だ。」

 私はこの手のものにかかわってはいけないということをよくわかっていたのではっきりとした拒絶の意を示した。いっそこの場で早く帰りたいあまり払ってしまおうかとも思った。

 すると子どもは落ち込んだように裾を掴んだ手を離した。その手は異様に細く、力を入れたら折れてしまいそうであった。

「なななんんでで、ななんでみみんんな。」

 黒い虚空のからは涙が溢れて来た。この手のもので涙を流すものを見たのは初めて出会った。

「君はこの世のモノではないからだよ。」

 うまくいけば成仏してくれるかもしれない。そう思い私はその子どもに声をかけた。

「ち、ちががっがう。」

 子どもは懸命に首を横に振った。自覚がないのか、これもまた厄介だ。私はその子どもが少し哀れに見えて少しなら遊んでも良いかと考えた。

 満足すればそれでよし、これで公園から出られなくなったら払うことにしよう。

 私はそうして子どもと少しの間滑り台やかけっこをして遊んだ。それはただの気まぐれだった。

 子どもは嬉しそうににっこりと笑った。白い肌に使わない茶色でガタガタとした歯が見えたが、私は子どもの霊にしては可愛らしいものだなと思っていた。

 その時公園の中から一人の若い男がどこからともなく出て来た。

「すいません、こいつが邪魔したみたいで。」

 男はそういうと子どもを躊躇なく蹴飛ばした。そして倒れた子どもの手を持ち上げその頬を殴った。

「すみませんね。たまにこいつ勝手にこういうことするんですよ。」

 若い男は私に笑ってそう言った。男はよれたパーカーとパンツを履いており寝間着のようであった。殴られた子どもは何事もなかったかのように無言で立ち上がる。

 そこには先ほどの笑顔はなかった。下をうつむく。

「ごごごめめっめめめんんあさあい。」

 引きずられるようにして子どもは立ち上がる。そして私の顔をもう一度見てにっこり笑った。

「あああありりりがとう。」
 そうして男と一緒に子どもは虚空に消えていった。


あぁあの子どもはずっとそうなのだろうか、この世にいなくなった今もあのままなのだろうか。男の未練で残っているのか、子どもの未練で残っているのか。

あちらも随分世知辛いものである。
あの時払っておけばよかったか。

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