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nobody knows her name_4/4

 あれ以降私は何度か男性に声をかけられたがゲームが好きそうな男性は避けた。

 そうして避け続けた結果声をかけてくる男性ほとんどがソシャゲにハマっている男性ばかりであった。
 暇な大学生活をもてあそんでいるのだからしょうがないと言えばしょうがないのであるが、私にはその事実が強迫観念のように付きまとっていった。

大学二年の夏、私は一人の男性に声をかけられた。

「ゲームしていますか?」

 私は気付けば男性と知り合うと一番にそのことを聞くようになった。

「いえ、とくに。みんなソシャゲばっかりやっていて話が合わないんですよね。」

 インドア派の私から見ると真逆のタイプのアウトドア派の男性だったがゲームをしていないことが私にとってなにより大事だった。

 その男性の名前は水野といった。彼は私より二つ下であり私のことを「先輩」と呼んでいた。

 水野とは最初話が合わないことが多かったが、水野が好きだと言っていたサッカーの観戦やライブに行く回数を重ねるうちに話す話も多くなり、合う話も多くなった。

「先輩、いっつも俺ばっかりの趣味に付き合わせてしまって申し訳ないですよ。なにか先輩の好きなこと教えてください。」

「いや私は読書とかアニメみたりとかばっかりで、インドアだからあんまり話すことないよ。水野くんの趣味のほうが明るくて良いな。」

 私はなるべく水野からは二次元的な情報を遠ざけていった。私としてもアウトドアな趣味を持つことは悪いことではなかったし楽しかった。

 しかしある日のことである。水野と付き合って一年たった頃だろうか、

「先輩これよかったら来てください」

 水野は私に緑色のカーディガンを渡した。ちょうど春の季節ではあったものの記念日でもなんでもない日だったので、私は疑問に思いながらも受け取った。

「ありがとう。これさっそく着て良い?」

 私は襟付きの白シャツの上にカーディガンを羽織った。

「あ、やっぱり。」

 水野は私に向かって「似合う」ではなく「やっぱり」と言った。

「え?やっぱりって?」

 そう言う私の声を聴きながらも水野はスマホを取り出して、あるゲームを起動させた。

「先輩ってやっぱり、チエさんだったんですね。」

 そうしてゲーム画面に映るのは緑のカーディガンを羽織った。私の姿だった。

 ブルーアワーストーリーの私である。画面には「アニメ化決定」の文字が書かれている。

「俺、ゲームあんまりしないんですけど最近CMでよくこれが流れてきて、初めて見たら先輩が居たんでびっくりしましたよ。俺、チエって名前にしたんでこれからはチエ先輩って呼んでもいいですか?」

 楽しそうに語る水野の声が私の頭を反響していく。

「違う!私はチエなんかじゃない!」

 もらったカーディガンを投げ捨てようとしたが良心が働いてしまい捨てることもできず私はそのまま駆け出した。

 水野との関係はそれで終わった。思えば水野も最初から私を名前で呼んでくれなかった。


 ブルーアワーストーリーの人気は嫌でも耳に入る。それが嫌で好きだったアニメの世界からも遠ざかった。それでも街頭広告にはあのゲームの広告が流れる。
 
「ねぇ君って……」
 その言葉の続きは聞かなくとも分かっていた。目の前の人物がその言葉の続きを言う前に私はそいつの頬を叩いた。

「私は私だ。……じゃない!」

 これで何度目だろう。
 
私はチエではなく、アイではなく、ミナコではなく、ルキではない。
 
私の本名は……である。
 
あれ?おかしいな。
  
自分の名前をもう一度声に出す。


「私の本名は……である。」
 
名前を言った瞬間にがさついたような音がして自分の耳に入らない。

私の名前は……である。
私の名前は 譁手陸逕ア鄒主ュ である。
私の名前は  #NAME ? である。
私の名前は?


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