猫はよくしゃべり、猫を被る。
近所の公園に一匹の猫が居る。真っ白い毛並みに、右目が青く、尾が普通の猫に比べてやや長い猫である。
近くのスーパーによる時に歩いて出かけると時折その猫がその公園を歩いていたり、座ってくつろいでいたりするのを見かけていた。はじめは気にかけていなかったが、ある日その猫が鳴くのを聞いた。
「ミート500グラムペットボトル入りで」
少し高い合成音声のような声で、言葉の調子が少し下手であったが猫ははっきりとそう言った。少なくともニャーではなかった。
俺はその時周囲を見渡した。公園には遊具と砂場と広場があり、その横には俺が歩いている小道がある。その右手には住宅街が横に並んでいる。
はじめは住宅街から聞こえた声だと思った。しかし、その時にすでに文法や言葉の選び方が普通ではなく違和感を大いに覚えたままスーパーに出かけて行った。
スーパーにでかけて野菜やら肉やらを買い込んで戻った時には猫は体を丸めて寝ていた。その日から俺はその猫が気になりだしたのである。
またある日のことだった、俺はスーパーに買い出しにでかけるとあの猫が公園の広場でじっと座っていた。俺は近寄っていった。その時には周りには子供たちがかけっこやら遊具を使って遊んでいた。
近づいても猫は離れることなくじっと座ったままであった。俺の方をゆっくり見かけるとこちらを向いて問いかけるように見つめた。俺はゆっくりと手を伸ばし猫の背を撫でた。
猫は気持ちよさそうでもなく、ただ触られてやっているだけだというようにじっと背筋を伸ばして座っていた。
「お前、この前しゃべってなかったか?」
俺は尋ねた。猫に話しかけるなんてバカバカしいと思いながらもつい話しかけてしまったのである。猫はその口を開けてこう言った。
「さすれば雷様がこういうのであった。ワインを一瓶、チキンを一匹。」
その時に俺は確実に、あぁこの猫が言葉を話しているのだなと理解した。周りの子どもたちを見るが変わらずに遊んでいる。彼ら彼女らにこの言葉は聞こえているのだろうか?
「君はしゃべる猫なんだね。」
俺は続けてこう尋ねた。
「ワヌイルス皇帝は、免疫力が魚ほどある。」
猫も俺の問いに答えるように話した。とはいえ言葉の脈絡が全くなく、意味もない。俺は恐ろしいと感じるよりも面白いなと感じた。
猫とはそこで別れたものの俺は猫について考えた。スーパーの中で猫のことも考えながら食材を入れていったものだから自然と鶏肉に手が伸びた。
あの猫はどうやって暮らしているのだろうか、普段はどうしているのだろうか、誰かの飼い猫なのだろうか。自然と手が猫缶を掴んでいた。今度猫に会ったらあげてみようか、そう思ったがそんなことを勝手にしていいのか分からなくて手を引っ込めた。
その日以降俺はようもなく猫に会いに行くようになった。猫に会いに行くようになってから三回目くらいだろうか、一人の同い年くらいの男性が猫を見つけると抱き上げている場所に遭遇した。
「あの、すみません。」
俺はその男性に声をかけた。自分と背格好は同じで、顔がやや丸い男性である。眼鏡をかけているがつぶらな瞳であった。
「なんですか。」
男性は俺の方を振り向いて答えた。人間の普通の男の声であった。猫は男性の腕の中で暴れることなくゆっくりとその白い身体を身に任せていた。
「この猫普段公園で見かけていたんですけど、飼い主さんですか。」
「えぇ、一応そうですよ。よく外に出歩いちゃうんですけどね。そこの家に住んでいるんですよ。」
そうして男性が指さしたのは俺の今の年収じゃとうに手が出ないような立派な一軒家であった。少し劣等感を感じながらも俺は男性に聞いた。
「その猫喋りますよね。」
男性は一瞬考えるような動作をしたもののすぐにうなずきながら答えた。
「えぇ、ミーちゃんは喋りますね。ねー、ミーちゃん。」
ミーちゃんと呼ばれた猫はその言葉に答えるように鳴いた。
「ミャー」
よくいる普通の猫の言葉だった。俺の知っている人語を話す猫ではなかった。
「いえ、そうじゃなくてえっと、ミーちゃんっていうんですね。可愛いですね。」
俺はしどろもどろしながら答えた。そうじゃない、俺が知っているその猫はそんな話し方をしない。俺が軽く会釈をすると相手の男性も会釈をして帰っていった。
後日俺はまたあの猫を見かけた。モヤモヤとした気持ちを抱えながらも猫に近づいて行った。猫は砂場で遊んでいたが俺が近づくと、止まってこちらを向いた。
「お前はニャーなんていわないよな。」
しばらくの間が開いた後に猫はこう答えた。
「アデリーペングンは軍隊を引き入れている。下記の通りに猫はサラミを載せる。」
ニャーと答えなかったことに俺はほっとすると同時に疑問が沸き上がる。
「お前、猫被っているな。」
すると猫は飼い主のいる家の方を見ながら答えた。
「そうだ。」
猫は飼い主のいる家に向かって歩いていった。
後にも先にもそれが俺と猫ができた唯一の会話であった。
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