石崎さん

 ある日私の子どもが公園で遊んでいる途中に突然言った。
「石崎さん」
 名前に「さん」をつけるのが子どもらしくなくて私は違和感を覚えた。そうして子どもの関わりの中から「石崎さん」という人もいなかった。
「石崎さん?誰だそれ。」
「石崎さんだよ。石崎さん。」
 子どもは繰り返してそう言った。
「新しくできた友達か?」
「違うよ。石崎さんだよ。」
 子どもはそうして首を振る。
「どこにいる人なんだそれは。」
「ここだよ。」
 子どもは地面を指差して言った。私の目にはなにもない地面しか見えなかった。私は背筋に少し寒いものを感じたが、心を落ち着かせた。
「なんだそれは。なんにも居ないじゃないか。変なことを言うものじゃない。」
「なんでそういうの?」
 一瞬低い声で子どもはそう言うとくるりと振り返って何事もなかったように遊びに行った。
 それ以降はその話を子どもがすることはなかったのであるが、ある日子どもが家に居るときにこういった。
「石崎さんを連れて来たよ。」
 久しぶりに聞くその単語に私は少なからず怯えた。子どもが得体の知れない何かを視ていることが分かったからである。
「石崎さん、石崎さん。」
 子どもは繰り返してそういう。
「なんにも居ないじゃないか止めてくれ!」
「なんでそういうの?」
 私がそう言うと、子どもはまた低い声で言い返す。子どもはその日以降時折「石崎さん」と繰り返して言うことがあった。
 私はついに限界が来て、ある日子どもが言っていた床をじっくりと眺めた。
 なにもない床だ。なんの変哲もない床だ。さらに目を近づけた。
 「なんだパパも石崎さんと遊びたいんだね。石崎さん、石崎さん。」
 いつの間にか後ろに居た子どもがそう言って床をこんこんとノックをした。
 すると床に反射して映る自分の顔をが徐々に変わっていき、一人の男性が現れにっこりと笑った。

 あぁその日から男と子どもは繰り返し言う。
「石崎さん、石崎さん。」

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