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多重世界線での重なりに触れる

「では、あの時見たのはなんだったのか」

男が私に向かって問う。私はその問いにもはや困惑すらしなくなっていた。それはここ最近立て続けに起こっている出来事だったからである。

「私が見た景色は嘘だったということになるのですか?」

「えぇそうですね。」

 私は警官という身分以外を剝いでしまえばただの一人の男である。目の前の加害者が言っている荒唐無稽なことにはそう返すしかなかった。

 男は男女のカップルを殺して手を繋いだままにして、誰もいない河川敷の河の中に放りこんだ。そうしてその男女が水で膨れ上がるのを待っていたのである。

 河原に人が通りかかったときに、その発見者が通報した時にも男はただ河を眺めて座っていた。

「私が見たときも最初は確かに人の形だったんです。ただそこから皮膚を圧迫していくように膨れ上がるにつれて肌色だった皮膚が赤く染まりそうして二つの風船が出来て散ったんです。そうしたらその中から青やピンクの色とりどりのシャボン玉が出てきてそれはそれは綺麗だったんです。本当なんですよ。」

 男は自分が行った犯行よりもそれを見たということを強く主張していた。男の前に捕まった男もそうであった。

 自分の目の前で首を切った女の中から黄色の蛇が三匹出て来ただとか、目の前で交通事故で足が折れた人の足が花に変っただの。その手のなにかしら異常がある光景を見て自分もマネしたくなってしまうというものであった。

 そのためあるものは女の首を切り、あるものは誰かを骨折させた。一番恐ろしいのはその妄言ではなく、その目の前で起こったことを実現したいという衝動であろう。

 私の知らないところで何かが動いているようだった。同僚の一人が面白半分でこういった。

「もしかしたら俺たちの知らない世界の法則がこっちに紛れ込んでいるのかも知れないっすね。」

「なんだその二次元と三次元の区別がつかないオタクのような発言は。」

 私は阿保らしいとため息をついた。

「じゃぁなんですか、集団妄想っていうんですか。年齢も性別も住んでいる場所も違う人たちがこんなに定期的に出てくるんですか。」

「分からないがなにか理由はあるんだろう。これはもう学者様の世界だ。俺たちはただ捕まえることしかできない。」

 そう言い放って窓の外を見ると一つの電柱に目が留まった。

 電柱には人が垂れ下がり、澄明に輝いていた。
 私は迷うことなく隣の男の首を絞めるのであった。

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