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気になったことと後の時間の流れ

 仕事終わりの帰り道、ショーケースの中に入っていたソレを見たときはほんの一瞬だったからなにも思わなかったが、その日家に帰ってからというもののソレについて考えが頭の中をぐるぐると回った。なんでもなかったソレが気になったのである。
 とある古民家にある薄汚れたガラス製のショーケースの中でソレはきらきらと輝いていた。ショーケースの外には手で破いた白い紙に油性ペンで雑に書いてあった。
 「月500円、もしくは5万円でお渡しします。」
 中に入っていたのは宝石のように輝く白いうさぎだった。胴体が丸く、耳が短いが毛が長くもっさりとしていた。鼻をひくひくとさせながらずんずんとショーケースの中で飛び回っていた。
 俺の住んでいるマンションはペット禁止だったけ、マンションの契約書を引っ張り出して確認するとできるにはできるらしい。とはいえこんな雑然とした部屋の中にうさぎを一匹飼っていいものか、飼うとするならばあのガラスショーケースごと借りたいところである。明日の朝確認するとしよう。
 と思って、寝て、朝起きたころにはそのことをすっかり忘れていて休日が終わった。
 次にそのうさぎに目を向けたのは一週間後だった。仕事が忙しくて帰り道呆けて忘れていたのである。張り紙は雨風に晒されて古びれ、乾ききっていた。うさぎは変わらず宝石のように輝いていた。
 古民家の前に立って、しばらくそのうさぎを見た。うさぎはズンズンと変わらず飛び回っている。元気なようでなによりである。
 仕事終わりの夜7時半に人を訪ねていいものかと思いながらもインターフォンを押した。
 ビデオカメラのついてなく、灰色で丸ボタン式のものである。押した瞬間カチッと固い触感がした。
 ポーン
 と無機質な音が古民家に響いた。何秒か立って待ったが誰かが出る気配がない。もう一度押すどうか迷った。聞こえているが面倒で出ないのかもしれない。
 俺はその場を去った。休日の空いているときに行こう。
 そうして一か月がたった。
 休日は友人たちと遊ぶことや仕事で疲れてぐったりとしていたのでなかなか行くタイミングがなかったのである。仕事終わりに三日に一回くらいはうさぎを見てはいた。うさぎはズンズンとジャンプをして元気そうであった。
 張り紙は一度ボロボロになりすぎたので新しいものに変えられ、プラスチックケースの中に紙が入れられて貼ってあった。
「月500円、もしくは5万円でお渡しします。気軽にご連絡ください。」
 気軽にご連絡くださいの一文が付け加えられていた。気軽に一度インターフォンを押したときは出なかったのだけどなぁと思いながらも通り過ぎていた。
 一か月がたった。休日の昼である。今日こそ家の人に話を聞きに行こうと思い、俺なりの清潔感のある服を着てその家に行った。
 古民家に歩いていき、インターフォンを押そうとして気付いた。ショーケースの中にあの白いうさぎがいない。嫌な予感が頭を過るが、気にせず押した。
 ポーン
 無機質な音とともに一人の女性が出てきた。見た目は俺と同じ年だろうか、30手前に見える。男の老人が出てくるとばかりに勝手に思っていたので驚いた。
 「こんにちは」
 小さな声がささやくように聞こえた。聞き取らないと零れ落ちてしまいそうな声である。日の光にあまりあたっていないのか肌が白い。
 「こんにちは、すみません。あの張り紙を見まして……」
 「うさぎのことですか?」
 女性はそう言いながら俺に近寄ってきた。
 「えぇ、そうです。あのうさぎについて聞きたくて。」
 女性が近づいて来る。日の光に当たると白い肌がより一層協調されて白く見えた。背も小さく、俺の胸元ぐらいに頭頂部がくるくらいである。
「ごめんなさい。うさぎ、今いないんですよ。貸出ているところで、帰ってくるのが五か月後なんです。」
 申し訳なさそうに、ただでさえ小さな声がさらに小さく、溶け消えるように言った。
「そうなんですか、それは残念です。」
 うさぎのことは残念であったが、俺にとって今注意を向けるのはこの女性だった。一目ぼれとまではいかないが、俺の胸に強く打ち付けた。
「五か月後、いや、また来てもいいですか。あの、うさぎの話が聞きたくて。」
「えぇそれでよければ、あのうさぎ珍しいんですよ。シオウサギって言って、よければ家にはいりませんか、粗茶でよければお出しします。」
そうして俺と女性は話をすることができた。うさぎがシオウサギという品種で塩をあげることで成長するという話よりも俺にとって大事なのはこのウサギを育てている女性が画家で一人暮らしということであり、うさぎを貸し出しているのは一人暮らしの寂しさを紛らわすためであるということが俺にとって重要だった。
 五か月後、古民家の中にウサギはショーケースの中に戻っていた。一人の女性とうさぎが暮らしていた。
 さらに五か月後、俺の家にシオウサギがきた。そうして時々一人の女性が来るようになった。部屋は綺麗になった。
 一年後その古民家には生き物がもう一人増えた。
 俺である。

<a href="https://www.ac-illust.com/main/profile.php?id=acworks&amp;area=1">acworks</a>さんによる<a href="https://www.ac-illust.com/">イラストAC</a>からのイラスト

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