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エッセイ 「I.C.Q」

名前はもう覚えていないけど、コーラを飲んでゲフと盛大にゲップをするたびに思い出す女性がいる。

当時高校3年生だった私は、秋頃には大学合格が決まり、社会勉強の一環として近くのスーパーでレジ打ちのアルバイトをすることにした。

商品のバーコードを読んで、お金を頂きお釣りを返すだけの極々シンプルな動作なのに、レジ打ちを間違えたり、返金処理に手間取ったり、オレンジとデコポンの区別がつかなかったり、それはそれは仕事のできない学生だった。

(今でもお金の計算が苦手なので、できれば一生レジには立ちたくない)

スーパーには同世代の子が何人かいて、その中の一人は同い年だが外見がヤンキーっぽく怖かったので敬語で話していた女の子がいた。

確か彼女は高校は退学していて、だからこのスーパーではフルタイムで働いているとのことだった。
ヤンキーあるあるだけれども、彼女たちのなかにはきさくで優しい子も多くいるし、びっくりするほど面倒見のいい子も、ずば抜けて要領が良い子も沢山いる。だけど見た目が怖いので一歩引いてしまっていた。……これは今でもちょっとあるかもしれない。

「やすたに(旧姓)さんってさ、私とタメだよね。なんでずっと敬語で話してるの?タメ語で話してよ」
「あれ?タメでしたっけ?」

このようにタメ語で話してよと言われても適当にすっとぼけたりした。だってなんか怖いから。

「いいよ、タメ語で。それよか今日バイト終わったらうち来なよ」

彼女に家に誘われたとき、ヤンキーって割とフレンドリーなんだなあと少々驚いたのを覚えている。

彼女はレジの会計を済ませると、ちょっと待ってて、まだやすたにさんのはレジ閉めないでといって奥の方へ行き、うなぎの蒲焼のパックとコーラを取ってきたので、バーコードを読み取り会計をした。

スーパーの2階には事務所とロッカールームがあり、それぞれに持った売り上げを計算して金庫に入れ、簡単な書類などを記入し、タイムカードを押して仕事は終わる。

売り上げを計算する機械にじゃらじゃら小銭を入れていたら、彼女がさっき買ったコーラに口をつけてゲフと大きなゲップをした。

この人、いまゲップした!

私にとっては衝撃的だった。例えば学校でゲップやオナラをしたらその日から数日はいじられるのは覚悟だ。
それを、彼女は当たり前のようにした。
堂々と、見せつけるように!
衝撃的だった。

彼女の家に着いたらどこからか座布団を持ってきてくれた。ごはん食べていい?と聞くので頷くと、さっき買ったうなぎとご飯で夕ご飯を食べ始める。

「硬っ!!」

うなぎが硬い硬いと言いながらヤンキーはうなぎにかじりついている。一方で私はうなぎをかじる彼女をじいっと見ている。とてもシュールな画だ。

その当時の私たちにはうなぎに酒をたらして、アルミ箔に包んでグリルで温めれば柔らかくなることも知らなかった。

うなぎをむしゃむしゃ食べながら、やすたにさんもなんか買えばよかったのに、彼女はそんなことを言っていた気がする。

ゆうげを済ませた彼女は彼氏の写真を見せてくれた。感想はやっぱりヤンキーっぽい、というか外見が完全に闇の業界に足を突っ込んでる人でちっともかっこよくなかったけど、

「か、かっこいいね」

と嘘をついた。

「いいよ、嘘つかなくて」

彼女はそう言って笑っていた気がする。
そして唐突に告白を受ける。

前にね、妊娠したんだよね。その時、絶対安静にしなきゃいけなかったんだけど、できなくて、流れちゃったんだ。

この時彼女は確か、誰かに言われて色々働かなくちゃいけなくて、それで流産したと聞いたけどそれが祖母か母か彼氏かというのは忘れてしまった。彼女はその人を恨んでいるようなことを言っていた気がするけど、それよりも諦めの色の方が強かった。

だって私たちはそのとき18歳だったんだ。
恨むことをやめて前に進むことが十分にできる年齢だったはずだ。

「そうだ、今度引越しするんだ。知ってる?引越し費用って馬鹿にならないんだよ」

ここからうんと遠くに引っ越す彼女に10万くらい?そう訪ねた私は本当に本当に世の中を何にも知らないお嬢ちゃんだったと思う。

あれから20年も経過してしまった。
私は果たして大人になれたのだろうか、なんてときどき思うこともあるけど、たぶんまだだなと思うことが最近いくつかあったので、まだ子どもです。情けないことに。

あの時。
私より少し大人びた彼女がコーラを飲んで盛大にゲップをしたとき、私の中で「いけないことをしても許されるのだ大人の世界は」とパッと視界が開けたのを覚えている。

もしまたいつか彼女に会うことができたのなら、そのときは頑張ってタメ語で話してみようと思います。

覚えていらっしゃいますか?

あのスーパーのレジでほうれん草と小松菜の区別がつかなかった者なのですが。


#エッセイ  

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