あの時のような毎日。

一昨日から昨日、昨日から今日、今日から明日。

日に日に遊ぶこと、笑うこと、なんなら楽しいと思うことそんな事にも厳しい目が厳しい言葉が知らない赤の他人から来るような


そんな普段ですら生き辛い世の中が今本当に生き辛くなってて


目に入る景色から風景から笑い声や笑顔

音が色が目の前からどんどん無くなっていってる感じがします。


そう、人が街があの3.11の時みたいになってきててSNSにも攻撃的な人が言葉が溢れててなんだか心が知らない見知らぬ誰かにぎゅっ。と握りつぶされてるそんな気分です。


なんだろう


生きるのに必死です。この年になっても自分とあんまり仲良くも無いし遠い九州と比べてこの小さくて大きな東京って街は少しやっぱり恐くてそして心細かったりもする。


でもこんな時こそ


寝たい時に寝るし、起きたいと思った時に起きるし

食べたい物を好きに食べると思うし、行きたいと思った所には行く

逢いたいと思い合えた人とは逢うし

撮りたいと思う人を物を瞬間を撮りたい

そしてこんな時だからこそ笑いたいし

こんな時だからこそ誰かの何かになりたいと思う。


(勿論迷惑をかけずに常識の範囲でね。)


偶然あの震災の年。震災が起こった数か月後からこの東京で始めたお仕事。

今日実はひと段落の日なんです。

なんだか不思議な気持ちで。


拓はもう自分の為に生きてると辛くなるので何かに誰かに生かされてたいし、起こる全ての事には何かしら小さくても何かしら、意味が絶対にあるとそう思って生きてます。


この偶然も。なんだか。意味がある気がしてます。勝手にね。


どんな日でもどんな苦しい日でも辛い日でも

「せんせー!」って呼ばれる毎日はそこには確実に“意味”があって

生かされてました。小さな小さなあの子達に生かされた8年8か月でした。


なんで子どもに一生の内に携わりたかったの話はいづれ。


あの子達の何かに拓はなれたのかな?

そんな事を思って自分勝手に紡いでます。



そして

これを見てくれてるあなたの何かにもやっぱり拓はありたいです。


あなたに生かされる為には今こんな時こそ何をすれば

あなたの今日の一部になれるのかな。どうしたら笑ってくれるかな。


って考えても出来る事って限られてるし知り合えたきっかけってひとつしかないよなーなんて行き着くんだけどね結局さ。


早くこの当り前じゃ無さすぎる日々が落ち着きますように。

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